仕事の文書では「~と思う」という表現は無条件で削除しろ #84

報告書作成(文章作成も含む)

今回は「仕事の文書では『~と思う』という表現は無条件で削除しろ」という話しをします

 どんな仕事においても文書を書く機会は多いものです。その種類は日報や正式な報告書など様々ですが、どんな種類のものであれ、仕事の文書では「~と思う」という表現は無条件で削除しましょうというのが今回言いたいことです。

ところで「~と思う」という表現とは具体的にどんな記述か?

 仕事の文書では「~と思う」という表現は無条件で削除しましょうと唐突に言われても、何のことやらピンとこないでしょう。そこでまず、仕事文で書く「~と思う」という表現としてどんな記述を想定しているのか、簡単な例でイメージを共有させてください。「~と思う」という表現として私がイメージしているのは次のような記述です。
<例>
 ◆会議は減らすべきだと思う。
 ◆A事業から撤退すべきだと思う。
 ◆この在庫は処分すべきだと思う。

 私たちはちょっと油断すると上記のように「~と思う」というような表現で記述してしまうのですが、仕事文ではこの「~と思う」という表現を無条件で削除しましょうというのが今回私が言いたいことです。例えば、上記例で言えば次のように修正しましょうということです。
<修正案>
 ◆会議は減らすべきだと思う。   ➡ 会議は減らすべきだ。
 ◆A事業から撤退すべきだと思う。  ➡ A事業から撤退すべきだ。
 ◆この在庫は処分すべきだと思う。 ➡ この在庫は処分すべきだ。

 でも、「『~と思う』という表現を削除したからってどうなるんですか?なんで削除しなければいけないのですか?」という素朴な疑問を抱く人もいるでしょう。この点を以下で具体的に説明します。

「~と思う」という表現を無条件で削除する理由

 仕事文で「~と思う」という表現を無条件で削除しましょうと提案する理由を図でまとめると下記のとおりです。

 「~と思う」という表現を使わない最大の理由は、この表現を無自覚に使うクセがつくと自分の思考がどんどん粗雑になるからです。仕事で何かを考える際には、「事実」「推測」「意見(=評価・判断)」の3つを明確に区別するよう常々意識すべきですが、実際にはこの3つの区別は容易ではありません。3つの区分でさえ容易ではないのに、さらに「~と思う」という表現まで持ち込むと、思考が一段と杜撰になってしまい、もう収拾がつかなくなります。このことを簡単な例で説明すると次のとおりです。

 繰り返しになりますが、何かを議論するときに「事実」「推測」「意見(=評価・判断)」の3つを明確に区別しておくことが重要です。しかしながら、実行するとなると結構悩ましい場面が多く、議論が白熱していくうちにその区別が分からなくなってしまうことは往々にしてあります。だからこそ「空・雨・傘」というフレームワークを使用して議論をするわけです。例えば、「今の話しって、“空”のことを言っているの? それとも“雨”のこと?」のように確認をしながら議論を進めていきます(なお「空雨傘(紙)」フレームワークについては第50回記事(「空雨傘紙」の4つの要素で徹底的に考える)で取り上げました)。


 ところで、そのことと仕事文で「~と思う」という表現を使用しないことは別問題だよねと考える人もいるかもしれません。しかし別問題ではありません。「~と思う」という表現は、「空(事実」と「雨(意見)」という区別を意識しようがしまいが使えるし、もっと言えば、論理的に考えていなくてもぼんやりとしたイメージがあるだけで使えるので、安易に「~と思う」と記述するクセがつくと、思考がどんどん粗雑になっていくのです。一方、言われた相手側は、そんな粗雑な思考で「思い」を語られても困ります。「思い」を聞かされても論理的な議論が出来ないからです。
 だからこそ、大前研一氏が訳出した下記本の記述のように、平素の何気ない行為においても自分の思考の厳密さを保つように意識すべきであり、その一環として仕事文で「~と思う」という表現を使ってはいけないのです。なお、第71回記事(報告書などを書く際のタイトルや見出しで「~について」という言葉を使わないこと)も発想は同じです。

 ちなみに議論の論理的緻密さを徹底するということに関しては、教育学者の宇佐美寛千葉大名誉教授の主張は厳格そのものです。宇佐美氏は文章の書き方の指南本の中で次のように書いています。

 宇佐美氏の「『・・・と思う(考える、感じる)』の類いの心理語は追放する」という意見には私も基本的に賛成ですが、私が宇佐美氏の意見と異なるのは、私は「~と考える」という記述はむしろ必要との認識を持っています。この点は「コーヒーブレイク」に書きました。

コーヒーブレイク

【「思う」と「考える」の違い】
 第15回目の記事(比較なくして分析なし(そもそも考えることの本質は比べること))でも紹介しましたが、「思う」と「考える」の違いについて、国語学者・大野晋氏がとても参考になることを書いています。以下は「日本語練習帳」(大野晋)からの紹介です。

 記事本文の中で紹介した千葉大名誉教授・宇佐美氏は「『・・・と思う(考える、感じる)』の類いの心理語は追放する」と書いていますが、私は上記の大野氏の説明を読んでからは、「考える」は比較検討による考察を表す語として心理語から除外して認識しています。もちろん逆に「思う」も心理語としてではなく考察を表す語として認識する人もいるでしょう。ここで言いたいことは、「思う」と「考える」の違いについての正しい解釈が何かということではありません。そうではなく、議論するときには漠然と思い浮かべるのではなくきちんと比較検討するとともに、文書を書く際にもそれを意識しましょうと言いたいのです。さらに、「事実」「推測」「意見(=評価・判断)」の3つの区別を明示するためにも、自分の意見を書く際には「~と考える」と明記すべきと考えます。

今回のまとめ

◆仕事の文書では「~と思う」という表現は無条件で削除しろ!

おすすめ図書

「理科系の作文技術」(木下是雄)

 文章指南本といえば必ずと言っていいほど紹介されるような有名な本で、第19回目の記事(センテンス(文)を分かりやすくする4つのコツ)でも強力にお勧めしました。今回の記事(「~と思う」は無条件で削除せよ)に関連していうと、本書の中で書かれている第6章「はっきり言い切る姿勢」をぜひ読んで欲しくて改めて推薦する次第です。
 ここではそのさわり部分だけ紹介させてください(長い引用になりますがご容赦ください)。

 上記レゲット氏の日本人が断定的な言い方を避けるという指摘に対して、木下氏は、自分にも<はっきり言い切る>ことに心理的抵抗があることを告白します。

 上記のように心理的には断定的な言い方に抵抗を感じたとしても、それでも理科系の仕事の文書では<はっきり言い切る>べきだと木下氏は主張します。

 そのうえで、木下氏は、<はっきり言い切る>ことができるかどうかは覚悟の問題だと言います。

 上記で紹介した以外にも<はっきり言い切る>ために木下氏は、「~であろう」「~と思われる」「~と考えられる」「~と見てもよい」のような「当否の最終的な判断を相手にゆだねて自分の考えをぼかした言い方」、言い換えれば、「逃げの余地」を残した「あいまいな、責任回避的な表現」は避けるように提言しています。なおこれは蛇足ですが、木下氏自身が「~であろう」というあいまいな表現は避けるように提言しておきながらも、ご自身の文章では必ずしも徹底はされていません。例えば、上記でも紹介した「日本的感性を骨まで刻みこまれていることの証拠であろう」のように「推量」表現の「であろう」で文末を終わらせています。木下氏をしてもこうなので、<はっきり言い切る>ことの心理的なハードルの高さを感じます。だからこそ問答無用で「~と思う」「~であろう」「~と思われる」「~と考えられる」「~と見てもよい」を一切使用禁止にするくらいでちょうど良いと私は考えています。
 いずれにしても、本書は文章指南本として定評のある参考書であり、まだお読みでない方はぜひお読みください。文章の書き方だけでなく思考そのものが変わります。

Bitly

「作文の論理: わかる文章の仕組み」(宇佐美寛)
「私の作文教育」(宇佐美寛)
「論理的思考―論説文の読み書きにおいて」(宇佐美寛)

 著者の宇佐美氏は千葉大名誉教授で教育界ではその名を知らない人はいないほど有名な論争の達人です。その宇佐美氏が書いた文章指南本が上記です。先に紹介した「理科系の作文技術」に共通する理屈っぽい本ですが、宇佐美氏の本の方が理屈の厳密さでは遥かに上です。読んでいると、果たしてここまでの論理的厳格さが必要なのだろうかとの念を抱くことも正直ありますが、普段やすきに流れてしまう自分を戒めるためにはこれくらい緻密に考えるクセをつけた方がいいのかもしれません。
 宇佐美氏の本は独特の説明スタイルなので、宇佐美氏の過去の著作を読んで慣れていないと最初は戸惑うかもしれません。そういう意味で万人に受ける本ではありませんが、文の書き方だけではなくものの考え方も学べます。議論の論理的厳格さ・緻密さとはこういうことを言うのかと実感させてくれる本です。それをイメージしてもらうために一つだけ実例を紹介します。
 宇佐美氏は、例えば「前おきをやめよう」という章の説明として、ある本に書かれた最初の三文、すなわち、次の文章
「1冊の本は、その本が出版された時代の文化的所産である。また、それぞれの本は、その時代の歴史的課題を背負って生まれるといえよう。1980年代の幕開けの年に出版されたこの本も、その歴史的必然性を担って生まれてきた。」
 を示したうえで、この書き方の問題点を次のように指摘します。

 こんな感じで文章の書き方の指南がされているので、読者によっては拒絶反応を示して読む気が起きないかもしれません。それでも、これほどまでに考えることの緻密さを教えてくれる本は貴重です。今回ご紹介した本はどれを読んでもトーンは同じなので、まずはどれか1冊だけでもお試しください。

Bitly
Bitly
Bitly
ハットさん
ハットさん

私は、部下が書いてきたクライアント向けの文書のドラフトに「~と思う」という表現があれば片っ端から削除していきます。そのうえで、論理構成が妥当かどうかを読み直すことにしています。第71回目記事(報告書などを書く際のタイトルや見出しで「~について」という言葉を使わないこと)の方法と併せてぜひお勧めします。

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