ビジネスモデルキャンバス(事業の今後を考えるうえでも、個人のキャリアアップを考えるうえでも有効なツール) #37

マネジメント

ビジネスモデルキャンバスについて説明したい理由

 今回の記事ではビジネスモデルキャンバスというフレームワークについて説明するのですが、まずは私がビジネスモデルキャンバスについて記事を書いた理由からお話しさせてください。

 どんな仕事でも経験を積んである程度のポジションになってくると、自分の担当業務だけではなく、自分の所属する部門全体の方向性について考えるような時期が来ます。さらに上位のポジションになると、部門という範囲に限定されず、会社全体としてどこに向かうべきかを考えるようになります。部門レベルであっても会社レベルであっても(あるいは個人のキャリアレベルの話しであっても)、今後の方向性を考えるうえで大事なのは、現状自分たちがどんな価値を提供しているのか、そして(仮に現状は出来ていなかったとしても)理想としてどんな価値提供を目指すべきなのか、を明確にすることです。これは自分たちの存在意義や存在目的を考えることでもあり、最近盛んに言われているパーパス経営と考え方は同じです。
 ただ、いきなり存在意義や存在目的を考えろと言われても概念としては理解できるのですが、それが具体的な活動レベルでどのようにつながっていくのかという点で現実感が湧かないことも多いでしょう。このようなときに今回ご紹介するビジネスモデルキャンバスというフレームワークがとても参考になるのです。なぜなら、ビジネスモデルキャンバスは価値提供を中心に考えて具体的な活動の全体像を整理してくれるツールだからです。ビジネスモデルキャンバスの考え方を知っておくと、どんな立場の方にも今後の方向性を考える際に役に立ちます。
 そのため、今回の記事ではビジネスモデルキャンバスの考え方を紹介する次第です。

ビジネスモデルキャンバスとは

 ビジネスモデルキャンバス(Business Model Canvas)とは、ビジネスモデルを構成する重要な9つの要素を構造化することによりビジネスモデルを可視化したフレームワークです。もともとは新しいビジネスモデルを構築する際に活用するフレームワークですが、色々な立場の方が今後の方向性を考える時にとても役に立つフレームワークです。また、既存の事業(ビジネスモデル)を分析するうえでも有益ですし、事業だけではなく、例えば個人の今後のキャリアを考えるうえでも大変参考になります。なぜなら、ビジネスモデルキャンバスは、「自分がどんな価値を提供するのか?」という自分の根本的な存在意義・存在目的を徹底的に考えさせるところからスタートし、そのうえで、価値の実現とその価値を提供するために何が必要なのかを具体的に整理してくれるからです。

 ビジネスモデルキャンバスは、発案者のアレックス・オスターワルダーとイヴ・ピニュールにより執筆された書籍「ビジネスモデル・ジェネレーション」(翔泳社)の中で詳細に説明されていますのでより詳しく学びたい方は同書をご覧頂きたいのですが、ここでは具体的なフレームワーク(図)を紹介します。ビジネスモデルキャンバスは、次のような9つの構成要素を構造化したものになります。

 上記の図だけでは何のことやら分からないでしょうから、以下では簡単な例を想定して各項目を説明します。
 なお、説明の前に補足ですが、9つの構成要素のそれぞれに①から⑨までの番号が付してあります。ビジネスモデルキャンバスでは、この番号順に考えを深めていくことが大事です。特に「①価値提供」が最も重要です。

ビジネスモデルキャンバスの各要素の説明

設例による説明

 ビジネスモデルキャンバスの考え方を各要素ごとに理解してもらうために、以下では次のような設例を想定して説明します。

【設例】 あなたが料理人だとして、これからレストランを経営すると仮定しましょう。

①提供する価値 (Value Propositions):VP

 ビジネスモデルキャンバスで最も重要なことは、「あなたがどんな価値を提供するのか?」を考えることです。ここで注意して欲しいのは、提供する価値というのは単なる商品・製品ではないということです。例えば、あなたのレストランで提供している料理がラーメンであってもお寿司であってもフランス料理であっていいのですが、その料理そのものが提供する価値ではないということです。提供する価値は考え方によって様々です。例えば、提供価値は次のように分かれるかもしれません。

◆安くてうまい
◆早くて安い
◆安くてボリューム満点
◆創造的で斬新的なレシピ
◆伝統的で変わらぬ味
◆調理技術の高さ
◆料理の背景にある文化と季節感を体験してもらうこと
◆料理を通して至福の時間を味わってもらうこと  など

 料理人としてレストランを経営するにしても、どんな価値を提供するのかは自分が何を目指しているのかによって異なりますが、大事なことは自分がどうあるべきかを明確に認識しておくことです。自分はどんな価値を提供して顧客を満足させようとしているのか。この点をとことん突き詰めて考えるべきなのです。
 ちなみにこれはビジネスだけの話しではなく、自分個人の今後のキャリアを考えるうえでも言えることです。今後のキャリアアップを考えるにしても自分はどんな価値を提供して社会に貢献していくのかという観点からスタートして検討すべきです。

 ところで、提供する価値を考えるうえでとても参考になることをドラッカーが自著の中で語っています。ここで紹介させてくだい。

マネジメントのセミナーでは、何をしているのかを聞かれた3人の石工の話がよく出てくる。
1人は「これで食べている」と答え、
1人は手を休めずに「国でいちばん腕のいい石工の仕事をしている」と答え、
1人は目を輝かせて「教会を建てている」と答えたという。(注1)
すると、最後に奥にいた四人目の男が答えた。
「私は皆の心のよりどころを作っている」と。(注2)

(出典)
注1:「現代の経営(上)」(P.F.ドラッカー、上田惇生(翻訳))
注2:「実践するドラッカー【思考編】」佐藤等[編著] 、上田惇生[監修]
なお、いずれもハットさんがオリジナルにはない改行を追加している

 あなたが料理の下準備をする係の人だとして、何をしているのかを問われたらどのように答えるでしょうか?
 ◆「来る日も来る日もメインディッシュに沿えるキャベツの千切りをしているのさ」
 ◆「誰にも真似できない職人芸でキャベツの千切りをしているのさ」
 ◆「素晴らしい料理を作っているのさ」
 ◆「幸せな時間を味わってもらうための仕事をしているのさ」

 これと同じように自分の仕事についてもぜひ考えてみてください。今後のキャリアアップの方向性に関してのヒントが見つかるかもしれません。

②顧客(Customer Segment):CS

 自分がどんな価値を提供するのかが明確になると顧客も絞られてきます。顧客は提供する価値とセットで決まってくると言ってもいいでしょう。設例のレストランのケースでいえば、提供する価値が「早くて安いこと」にあるのなら顧客は「(駅の立ち食いそばを食べる人のように)急いでいる顧客」が中心になるでしょう。提供する価値が「料理を通じた至福の時間」なら顧客は「(時間的にも所得的にも余裕がある)富裕層の顧客」になるでしょう。いずれにしても、提供する価値に見合った顧客を具体的に設定することが大事です。自分は誰をターゲットに価値を提供しようとしているのかを改めて考えてみてください。

③チャネル (Channels):CH

 提供する価値と顧客が明確になったら、次にどのようなチャネル(販路)で価値を顧客に届けるのかを検討しなければなりません。設例のレストランのケースでも、店舗を構えて対面にするのか、店舗は構えずにデリバリーだけにするのか、デリバリーにするにしてもネットでの事前予約だけにするのか、などのように、顧客にどのように届けるのかということは大事なポイントです。

④顧客との関係 (Customer Relationships):CR

 顧客との関係をどのようにするかも①から③のスタイルの違いに応じて様々です。常連さん・リピーターのような既存顧客をメインに濃密な関係を築くのか、一見さんのように新規顧客をメインに希薄だが広く付き合うのか、など色々な形態が考えられますが、いずれにしてもその関係性の違いによって、次の「⑤主な活動 (Key Activities):KA」の内容が変わってきます。

⑤主な活動 (Key Activities):KA

 先ほどまで議論していた上記①から④については、それらを明確に意識さえすれば自動的に実現するというものではありません。当たり前のことですが、自ら何らかの活動をしない限り実現することは決してありません。「言うは易し」で口では何とでも言えますが、実行するとなるとどんなことでも大変です。そこで、①から④を実現させるためにはどんな活動をすれば良いのか、実現に向けたカギとなる活動が何なのかをはっきりさせておく必要があります。設例のレストランのケースでいえば、提供する価値が「安くて早い」であったとすると、食材の仕入れや調理を効率的にすることが求められかもしれません。
 とにかく、①から④までの理想を実現するために現実的に何をしなければいけないのか、カギとなる活動が何なのかを考えるのが「主な活動 (Key Activities):KA」です。

⑥主なリソース (Key Resources):KR

 ①から④までの理想を実現するためにはカギとなる活動(⑤主な活動 (Key Activities):KA)が求められることはすでに説明したとおりですが、活動をするためにはリソースも必要です。カギとなる活動に必要なリソースは具体的に何なのか、例えば、ヒト、モノ、カネ、設備、情報などの中で何がなければいけないのかを具体的に想定して、準備しておかなければなりません。設例のレストランのケースでいえば、提供する価値が「至福の時間」であれば、必要なリソースは、素敵な内装・家具、美しい食器、一流のワイン、ソムリエなどかもしれません。
 いずれにしても、カギとなる活動に応じて必要となるリソースも異なります。それらが揃えられるかどうかによって①から⑤が「絵に描いた餅」で終わるのかどうか大きく左右されることになります。

⑦パートナー (Key Partner):KP

 カギとなる活動(⑤主な活動 (Key Activities):KA)やリソース(⑥主なリソース (Key Resources):KR)については、必ずしもすべて自前で何とかしなければならないわけではありません。信頼できるパートナーと組んで協力してもらう方法もあります。むしろその方が現実的です。したがって、どの分野でどんなパートナーの協力が必須なのかを明確にしておくことが大事です。設例のレストランのケースでいえば、提供する価値が「地元の季節感を感じてもらうこと」であれば、パートナーとして地野菜を栽培する地元農家の協力が必須かもしれません。
 なお、カギとなるパートナーの存在がその企画実現に決定的に重要な要素になることもあります。つまり、そのパートナーの協力が得られなければ企画そのものの実現可能性が危ぶまれることも場合によってはありえます。そのあたりのリスクや対応策も考えておく必要があります。

⑧収益の流れ (Revenue Streams):RSと⑨コスト構造 (Cost Structure):CS

 事業として行う場合、最終的には採算が取れなければ事業継続が困難になります。そのため、収益化の方法・仕組を考えておくこと、コストの構造を把握しておくこと、そのうえで採算が確保できるのかどうかを検討することが重要です。

ビジネスモデルキャンバスを活用する上でのアドバイス

 ビジネスモデルキャンバスは新規事業を立ち上げる時に使うツールのような印象があります。しかしながら、それだけではなくてどんなことでも新しく何かを始めたり、すでにやっていることを分析・改善したいときに、考え方がとても参考になるのです。
 特に次の6つの要素はかなり汎用性があります。将来の作戦を考える時にぜひ積極的に活用することをお勧めします。この点が今回の記事で最も強調しておきたいことの一つです。

今回のまとめ

◆ビジネスモデルキャンバスは、事業の今後を考えるうえでも、個人のキャリアを考えるうえでも有効なツールとして大いに活用すべきです
◆ビジネスモデルキャンバスでは、「自分がどんな価値を提供するのか?」という自分の根本的な存在意義・存在目的から徹底的に考えることが大事

おすすめ図書

「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書」(アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール)

 今回の記事で紹介したビジネスモデルキャンバスの本家本元が本書です。ビジネスモデルキャンバスを学んだ人の多くは、まずはこの本から入っていると思われます。私もこの本でビジネスモデルキャンバスの何たるかを知りました。すでに読んだことがある人も多いかもしれませんが、まだお読みになっていない方でこれから本格的にビジネスモデルキャンバスを学びたいという方にはぜひ本書をお勧めいたします。

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「ビジネスモデルYOU」(ティム・クラーク、アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール)

 自分の今後のキャリアを考える時にもビジネスモデルキャンバスの考え方を活用できると提案するのが本書です。ビジネスモデルキャンバスの考え方がこんなにも汎用性のあるものなのかと気づかせてくれます。
 キャリアアップを考えているものの具体的にどのように考えたらいいのか分からないと悩んでいる方にはぜひお勧めしたい本です。ビジネスモデルキャンバスの考え方を自分のキャリアアップに活用すること自体はそれほど難しいことではないのですが、やはり具体例を知れば「なるほど」と理解が進みイメージがより容易になります。そういう点で本書は事例もたくさん掲載されていますし、ビジュアル的にも見やすく工夫されています。もしかしたら何度も繰り返し読むような本ではなく、一度目を通せば十分かもしれませんが、それでも一度は読んでおくと得られることは大いにある本です。

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ハットさん
ハットさん

ビジネスモデルキャンバスについては、ネットで検索するとたくさんの解説記事がヒットします。おすすめ図書を読む前にまずはそれらの解説記事を読んでみるのもいいかもしれません。
なお、ネットの解説記事では「ビジネスモデルキャンバスのつくり方を経営学者が解説!」がとても分かりやすかったです。

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