今回は「『失敗の本質』から学ぶ」の第9回目で「危機での決断は「Yes」か「No」か迅速にしろ」という話しをします。
第74回から「『失敗の本質』から学ぶ」というテーマで連載しており、私が「失敗の本質」を読んで肝に銘じていること(8つ)を順にご紹介しています。今回は8番目「危機での決断は「Yes」か「No」か迅速にしろ」についてお話しします。なお、今回が最終回です。
今回お伝えしたいことを最初に要約すると…
今回お伝えしたいことを最初に要約すると、「失敗の本質」では日本軍の失敗要因として、次のような背景から決断遅れがあったと指摘しています。
以下では「失敗の本質」で書かれている具体的な指摘のいくつかを紹介します。
「失敗の本質」で指摘されている「決断遅れが状況悪化を招いた事例」
有事(危機)では迅速な決断が求められますが、日本軍では往々にしてそれができず、その結果として被害が拡大するという事態が生じています。「失敗の本質」では次のようなことが指摘されています。
陸海軍の間では、「相互の中枢における長年の対立関係が根底にあって、おのおの面子を重んじ、弱音を吐くことを抑制し、一方が撤退の意思表示をするまでは、他方は絶対にその態度を見せまいとする傾向が顕著であった」
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
「失敗の本質」ではいくつかの具体例が示されていますが、それらをすごく大雑把にまとめると次のようになります。
ここでは典型例としてノモンハン事件を紹介します。ノモンハン事件に関する作戦中止までの時間的な流れは下記のようになっています。これを読むと、5月末時点で中央では攻撃中止(戦線不拡大)の方向が決まっていたにもかかわらずそのことをはっきり言わないから現地軍は攻撃を続行し、9月3日になってやっと中央は攻撃中止を命令し作戦がストップすることになります。なんでこんなことになってしまったのだろうかというやり切れない気持ちで一杯になり、とても気が滅入ります。
【ノモンハン第二次事件の時間的流れ】
「失敗の本質」によれば「作戦終結という重大局面に至ってもなお微妙な表現によって意図をそれとなく伝えるという方法がとられた」とのことですが、こんな緊急時においてまで遠回りな言い方で伝えて「あとは察してくれ」というのはあまりにも無責任です。こんなことで死んでいった将兵たちの気持ちを思うと居たたまれません。この点は「失敗の本質」の中でも下記のように糾弾しています。当然です。
中央と現地が地理的に隔たっており、かつ両者の間の意思疎通が必ずしも円滑にいっていないという状況であったにもかかわらず、現に作戦を実施しようとしている関東軍に対して、明確な指示を下さないままに、意のあるところをくみとらなかったとするのは統帥の実務責任者として適切な判断といえるであろうか。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他(注)ハットさんが一部太字にした。
なお、上記以外にも「失敗の本質」ではレイテ海戦・インパール作戦などでの決断の遅れを具体例で指摘しています。ぜひ原書でお読みください。
教訓としては「危機での決断は「Yes」か「No」か迅速にしろ」ということ
日本軍の失敗と同じ轍を踏まないための教訓としては、危機(有事)での決断は「Yes」か「No」か迅速にしろということです。この点に関しては危機管理の専門家である佐々淳行氏の次のアドバイスをぜひ肝に銘じておくべきです。
まずは佐々氏の主張を私が要約した図を示し、そのあとで佐々氏のオリジナルの文章を紹介します。
以下は佐々氏が自著で書いていることを紹介します。少し長い引用になりますが、この考え方は必ず役に立ちますので、ぜひ読みください。
◆《決断》は、危機に直面したときや、組織の命運をかけた大プロジェクトを決行するとき、トップ・リーダーの最も重要な任務の1つとなるだろう。
(出典) 「危機管理のノウハウPART3」佐々淳行(注)ハットさんが一部太字にした。
平事は必ずしもそうではない。
時間的にも余裕があり、資金もたっぷり、所要のマンパワーも豊富なときは、何事をなすにも、パイロット・プランによる思考が可能だ。
選択肢もたくさんある。(中略)
◆「決断」は二者択一
「決断」とは、二者択一である。
選択肢はイエスかノウか、やるかやらないか、の二つしかない。
「パス」という訳にはいかない。
なぜなら、「様子をみる」とか「検討してみる」という「決断」の回避、延期、留保は、麻雀の場合に危険牌を切るのか切らないのか、いつまでも決めないでいることが許されないのと同じだからだ。
事態が重大であればあるほど、困難であればあるほど、時間は限られ、選択肢は少なく、判断資料も不足しがちになる。
そういう切迫した情況の下で、
「○○の株を買うのか、買わないのか」 「凶悪犯人を射殺するのか、しないのか」
「ハイジャック犯人の要求をのむのか、蹴るのか」
といった二者択一を迫られるのが「決断」の本質なのである。
こういう時、「しばらく様子をみよう」と不決断の状態を続けることは、場合によっては 「買わない」「射殺しない」、さらには「要求をのまない」という消極的選択肢「ノウ」を選んだことに等しい結果となることがある。
したがって、「ぱすはなし」というのが危機管理の「決断」のルールなのである。
平時の「調整」業務に慣れた治世の能吏タイプの「まとめ役」指導者は、こういう二者択一の形で危機対処方策に関する決断を求められると、「情況に応じ、適時適切な措置をとれ」とか、「関係諸機関と十分調整の上、妥当な対策を講ぜよ」といった類いの抽象的指示を下すことがよくある。
実際の話、こういう抽象的な指示命令を受けたときほど、第一線の現場指揮官が困ることはない。
どうすればいいのか、迷ってしまうからだ。
◆「全権を委任する」といって、現場に決断権を委譲するなら、それもまた一つの方針だ。
しかし、このような曖昧な指示の場合だと、それは「不決断」の委譲になってしまう。
「適時・適切・妥当」とは、そもそもなにを意味するのか、客観的基準もしくはトップの意思を明示せずにこの種の命令を下すことは、上層部が「決断」の権限と義務を放棄することにほかならない。
曖昧な指示は、成功したときは「適切な措置」を下命した上層部の功績になり、失敗したときは、指示に反して「不適切な措置」をとった現場の責任になるといった具合に、発令者に責任回避と現場の功績僭奪との両方の可能性をのこすことになる。
◆不決断は誤った決断より悪い
リーダーの不決断や迷いは、誤った決断を下した場合よりも、もっと大きな損害を忠誠な部下たちに与え、組織の命運を左右する場合がある。
決断には瞬発力が不可欠
(出典) 「平時の指揮官 有事の指揮官」佐々淳行
「決断」とは二者択一、「イエス」か「ノー」か、拳銃を撃てと言うのか、撃つなと言うのか、買うのか買わないのか、きわめて限られた時間的制限の中で、不充分で不正確な情報に基づいて、行動にかかわる命令を下さなくてはならないという点で、「決裁」や 「全会一致のコンセンサス」とまるで違うのだ。
「一時間以内に要求を呑まなければ、人質を殺す」とハイジャック犯人に脅かされたとき、「慎重に検討いたします」とか「貴重なご意見として承わり、将来の参考とさせていただきます」などという答弁は一切通用しない。
危機(有事)での決断のプレッシャーは経験した人しか分からない厳しいものです。決断から逃げ出したくなるのも当然です。しかしながら、トップリーダーにはそれは許されません。それが嫌ならリーダーを辞任すべきです。
今回のシリーズの総まとめ(74回から82回まで全9回)
74回から82回(今回)までの全9回にわたり、私が「失敗の本質」を読んで教訓として肝に銘じていることを紹介してきました。長いシリーズなのでまとめとして各回の簡単な要約を記載しておきます。
第74回(全9回の1回目)「失敗の本質」から学ぶ(総論)
74回では、私が「失敗の本質」を読んで教訓として肝に銘じているのは次の8つだという話しをしました。
第75回(全9回の2回目)戦略と作戦目的の明確化と関係者での共有の徹底
75回では、何事を始めるにしても最初に次の点を徹底しておくことが重要だという話しをしました。
第76回(全9回の3回目)成り行きに任せるな
76回では、日本軍の失敗要因として大きな展望に欠けていたこと、また教訓として成り行きに任せてはいけないことをお話ししました。
第77回(全9回の4回目)精神論ではなく具体的な方法論を指示しろ
77回では、リーダーは「精神論ではなく具体的な方法論を指示しろ」という話しをしました。
第78回(全9回の5回目)常に複数の選択肢を用意しておけ
78回では、日本軍はワン・パターンの作戦で失敗したこと、教訓として常に複数の選択肢を用意しておくことが大事だと説明しました。
第79回(全9回の6回目)現場に丸投げするな
79回では、中央(本部)は決して現場に丸投げをしてはいけないこと、現場に丸投げが横行するといずれ組織が崩壊することをお話ししました。
第80回(全9回の7回目)チーム一丸で戦え。スタンドプレーは認めるな。
80回では、日本軍が総合力で戦わなかったこと、人材登用では「語気荒く積極策を強く主張する人」を重用し、その人たちが失敗しても甘い評価だったことをお話ししました。
第81回(全9回の8回目)同じ失敗を繰り返すな(失敗から組織的に学べ)
81回では、日本軍では組織的学習を軽視していたことをお話ししました。
第82回(全9回の9回目)危機での決断は「Yes」か「No」か迅速にしろ
82回(今回)は、日本軍の失敗要因として決定的に重要な場面での決断の遅れが挙げられること、教訓として危機(有事)での決断は「Yes」か「No」か迅速にしろという話しをしました。
今回は「失敗の本質」という本から私が個人的に教訓としていることを全9回にわたって紹介しました。長いシリーズにお付き合い頂いた方にはお礼を申し上げます。どれか一つでも参考になれば幸いです。
このシリーズは今回で終わりです。
今回の一連の記事を読んで興味の湧いた方は「失敗の本質」の原書をぜひ読んでみてくださいね。