今回は「『失敗の本質』から学ぶ」の第5回目で「常に複数の選択肢を用意しておけ」という話しをします。
第74回から「『失敗の本質』から学ぶ」というテーマで連載しており、私が「失敗の本質」を読んで肝に銘じていること(8つ)を順にご紹介しています。今回は4番目「常に複数の選択肢を用意しておけ」についてお話しします。
今回お伝えしたいことを最初に要約すると…
今回お伝えしたいことを最初に要約すると、「失敗の本質」では日本軍の失敗要因として、次の点を指摘しています。
◆戦略オプションが限定されていて極端にいえばワン・パターンの作戦の繰り返し
◆背景には、視野の狭小化・想像力の貧困化・思考の硬直化といった病理現象があり
◆結果として戦略の進歩も見られない
図にすると次のとおりです。
以下では「失敗の本質」で書かれている具体的な指摘のいくつかを紹介します。
「失敗の本質」で指摘されている「制約された戦略オプションの実態」
日本軍の失敗要因として、戦略オプションが狭く、極端にいえば、作戦がワン・パターンであったことがこれでもかこれでもかというくらい何回にもわたって繰り返し指摘されています。その一端を感じ取ってもらいたく、しつこくて申し訳ないのですが、いくつも紹介させてください。
狭くて進化のない戦略オプション
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
日本軍の戦略オプションは米軍に比べて相対的に狭くなる傾向にあった。昔から緒戦の決戦で一気に勝利を収める奇襲戦法は、日本軍の好む戦闘パターンであった。(中略)
戦略概念はきわめて狭義であり、むしろ先制と集中攻撃を具体化した小手先戦術にすぐれていた。(中略)
この海戦要務令の条項からも明らかなように、日本海軍の短期決戦、奇襲の思想、艦隊決戦主義の思想は教条的にといってよいほど保持された。(中略)
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他(注)ハットさんが一部太字にした。
こうした硬直的な戦略発想は、秋山真之をして、「海戦要務令が虎の巻として扱われている」と嘆かせたほどであるが、昭和九年の改訂以後結局一度も改訂されず、航空主兵の思想が海軍内部で正式に取り上げられるチャンスを逸してしまった。
連合艦隊参謀として実戦の経験も豊富な千早正隆は、「海戦要務令で指示したことが実際の戦闘場面で起きたことは一度もなかったといってよい」と述べている。
そもそもあらゆる状況に適合する戦略上の公理というものは存在しないはずである。日本海軍の海戦要務令も当初は秋山真之が綿密な状況判断と合理的思考によって練り上げた戦略であり、それが日本海海戦で実際に応用されて有効性が証明されたものである。したがって、その後の日本海軍をとりまく状況の変化に応じて、科学的に書き改めるべきであった。
その意味で戦略は進化すべきものである。進化のためには、さまざまな変異(バリエーション)が意識的に発生され、そのなかから有効な変異のみが生き残る形で淘汰が行なわれて、それが保持されるという進化のサイクルが機能していなければならない。
海戦要務令がある種の経典のような形で硬直化してくるにつれ、バリエーションの発生を殺すような逆機能現象が現われてくる。そうなると悪循環的にいよいよ海戦要務令の聖典視が進行する。
本来、戦術の失敗は戦闘で補うことができず、戦略の失敗は戦術で補うことはできない。とすれば、状況に合致した最適の戦略を戦略オプションの中から選択することが最も重要な課題になるはずである。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
陸軍の戦略オプションの幅の狭さについては、多言を要しない。(中略)
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他(注)ハットさんが一部太字にした。
(中略)夜襲、迂回作戦の反覆は、「鵯越」の発想の域を出ず、作戦パターンが時間の経過とともに進化することはほとんどなかったのである。戦略オプションが狭いということは、一つの作戦計画の重要な前提が成り立たなかったり、変化した場合の対応計画(コンティンジェンシー・プラン)を軽視した点にも現われている。(以下略)
日本陸軍の「必勝の信念」は、精神主義・歩兵主兵主義・白兵主義の具体的表現と考えられる(中略)。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
いずれにしろ、(統帥綱領のような)こうした一連の綱領類が存在し、それが聖典化する過程で、視野の狭小化、想像力の貧困化、 思考の硬直化という病理現象が進行し、ひいては戦略の進化を阻害し、戦略オプションの幅と深みを著しく制約することにつながったといえよう。
作戦をたてるエリート参謀は、現場から物理的にも、また心理的にも遠く離れており、現場の状況をよく知る者の意見がとり入れられなかった。したがって、教条的な戦術しかとりえなくなり、同一パターンの作戦を繰り返して敗北するというプロセスが多くの戦場で見られた。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
組織のなかでは合理的な議論が通用しなかったし、状況を有利に打開するための豊富な選択肢もなかった。それゆえ、帝国陸軍の誇る白刃のもとに全軍突撃を敢行する戦術の墨守しかなされなかったのである。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
あまりにも似たような内容の繰り返しでうんざりしたかもしれません。それにしても日本軍は考えることを放棄していたとしか思えません。実際には合理的に考えていた人はいたはずですが、そういう真っ当な人の意見はある時期から却下されていたと推測されます。なおご参考ですが、大本営情報参謀だった堀栄三氏の「情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記」を読むと、堀氏が太平洋戦争中に冷静に情報を分析し米軍の作戦を次々と予測的中させるものの、そもそも堀氏の分析が相手にもされず生かされないまま埋もれていく様子がよく分かります。
教訓としては「常に複数の選択肢を用意しておくこと」
結論として、視野狭窄・想像力の貧困化・思考の硬直化という病理現象が進むと戦略オプションはどんどん限定されていき、最後にはワン・パターンに陥るということです。このような日本軍の失敗と同じ轍を踏まないための教訓としては「常に複数の選択肢を用意しておくこと」が大事です。こんなことは言われなくても分かっているのですが、ついつい面倒くさいとか、予算がないとか、そこまでやらなくても大丈夫だろうなど、楽観的な誘惑に負けてしまうことが多いと感じています。平時ならそれでも実害ないのかもしれませんが、有事(危機)に臨む責任ある立場にある人はそれではいけません。危機管理のプロである佐々氏の次の言葉を常に肝に銘じておくべきです。
常に代替案の用意を-ワンパターンでは失敗する
(出典)「危機管理のノウハウPART3」佐々淳行(注)ハットさんが一部太字にした。
(中略)いざという場合に備えての《オールタナティヴ(代替案)》の準備は、平時でも重要な心得であり、危機管理については、絶対不可欠の配慮であるといえよう。
ワン・パターンの一本勝負で、第二の代案を全く度外視してことをすすめると、何か思いがけない障康が起こったとき、大混乱が起こる。それを避けるため、次善の策を、無駄を覚悟、で準備しておくのが、心ある実務家の心得である。
今回のまとめ
◆常に複数の選択肢を用意しておくこと
◆ワン・パターンでは想定外の事態に対応できない
◆日本軍の失敗を教訓にしろ(下記の図を参照)
このシリーズはあと4回続きます。
今回までは戦略面での失敗要因でしたが、次回からは組織面での失敗要因に関して説明します。