アブダクションという思考法 #39

論理的思考・議論術

今回の記事では「アブダクション」という思考法について紹介しますが…

 本ブログの24回目の記事(ロジカルシンキングの基礎(演繹法と帰納法))で、論理的思考(ロジカルシンキング)の基礎として演繹法(えんえきほう)と帰納法という考え方があることを紹介しました。今回の記事はその続きです。
 今回は「アブダクション」という思考法を紹介します。

 ところで、あらかじめお断りがあるのですが、本記事を読んだからと言って「アブダクション」ができるようになるわけではありません。さらに言えば、「アブダクション」という思考法の説明を聞いても、おそらく「なんだ、そんな考え方なら普段からやっているよ」とお感じになるでしょう。そういう意味で今回の記事は一般常識として「アブダクション」という思考法があるのね、程度の感想をもってもらうことを目的としています。

「アブダクション」は代表的な3つの推論の1つ

 先ほど書いたように今回の記事は24回目の記事(ロジカルシンキングの基礎(演繹法と帰納法))の続きです。24回目の記事では、演繹法(えんえきほう)と帰納法という考え方を紹介し、それらは論理的思考(ロジカルシンキング)の基礎となるものだという説明をしました。今回の記事では論理的思考(ロジカルシンキング)のことを論理学の用語である「推論」と表現しますが、この推論には次のように3つの方法があります。

 演繹法と帰納法については24回目の記事で説明したとおりであり、今回説明するのは上記図で3番目の方法「アブダクション」についてです。

アブダクションとは

 アブダクションとは、「仮説的推論」というもので、適切な説明のための仮説をつくる思考方法のことをいいます。すごく簡単に言えば、ある事象をみて、その事象を合理的に説明できる仮説がないかなと考えたところこの仮説がぴったりくるよねえ、と考えるような思考法です。
 アブダクションの説明としてはこれだけなのですが、これだけだとピンとこないと思いますので、科学哲学者・戸田山和久氏の本からアブダクションによる推論の具体例を紹介します。下記事例はアブダクションによる推論と言えます。

(アブダクションによる推論の例)
 私の住む村の畑で、夜のうちに麦をきれいになぎ倒して奇妙な模様が描かれるという現象が頻発している(ミステリー・サークル)。これは、宇宙人が地球に飛来する際に乗ってきたUFOの着陸跡だと考えるとつじつまが合う。したがって、おそらく宇宙人は地球にやってきている。
(解説)
 たしかに、もしUFOが着陸したならミステリー・サークルはできるでしょう。その意味では第二の前提も正しいのですが……。しかし、ミステリー・サークルができたことを説明する仮説として、もっと無理がなく自然で、しかもありそうなものが考えられます。つまり、誰かのいたずらだという仮説です。 同じ現象を説明するもっと良い仮説があるので、この推論は、「最善の説明への推論」になっていません。ですから、宇宙人は地球にやってきているという結論は信頼できません。
 このように、アブダクションに対しては、そこで形成されている仮説が必ずしもいちば ん良いものではない、という仕方でツッコミを入れることができます。実際、イギリスの 老人二人が、一九九一年にミステリー・サークルは自分たちのイタズラだと名乗り出て、 人力でミステリー・サークルがたやすく作れることをデモンストレーションしたことにより、この代替仮説のほうが確からしい、ということになりました。(以下省略)

(出典)『「科学的思考」のレッスン 学校で教えてくれないサイエンス』(戸田山和久)より。なお、オリジナルでは練習問題とその解答という形式で記載されているが、本記事ではハットさんが練習問題と解答を合算した見栄えに改変した。

 ここまでの説明を読むと、「アブダクションって何らかの仮説を考えだすことでしょ。そんなことならみんな普通にやっているよ」とお感じになるかもしれません。実際そのとおりです。
 ただ、今回の記事でわざわざ「アブダクション」を取り上げ理由は、次のことを強調したかったからです。
①何か新しいことを考えだすには「アブダクション」により有効な仮説を立てるしかないこと
②しかし実際正しい仮説を思いつくことは簡単ではなく試行錯誤の連続であること
③仮説が正しくなる確率を少しでも上げるためには闇雲に試行錯誤するのではなくどうすべきか常に考え続けるしかないこと(簡単な方法論はない)

 ちなみに、編集工学研究所所長の松岡正剛氏が「アブダクション」についてとても考えさせられることを書いています。「アブダクション」だけでなく演繹法や帰納法を考えるうえでも意識しておきたいことです。長い引用になりますが、ぜひ紹介させてください。

(中略)アブダクションは「仮説的推論」というもので、適切な説明のための仮説をつくる方法のことをいいます。これは方法論なのです。しかし、その後、何人もの知人や研究者やぼくの読者と話をかわしてみて、どうもアブダクションの骨法が掴めていないように感じました。 仮説形成の意図が充分にのみこめていない。
 とりわけパースが、アブダクションという方法こそは「新しいアイディア(観念)を導く唯一の論理的操作」であるとみなしたこと、「帰納はひとつの値を決めるにすぎず、演繹はまったくの仮説の当然の帰結を生むだけである」とみなしたことについて、ちゃんとわかっていない。多くの諸君が「三段論法のような演繹法も仮説を設定しているように思う」と捉えてしまっているのですね。
 あとでも少し説明するつもりですが、演繹法における第一段階の仮説設定は、「ある仮説が与えられているとする」という出発条件だけのもので、演繹法では説明仮説はつくれません。そこに介入するのはアブダクションだけなのです。
 そこで、今夜はアブダクションの〝骨法〟だけをかいつまんでおきます。
(中略)
 で、もう一言。いまごろになって日本のビジネスマンに「ロジカル・シンキング」が流行しています。コンサル屋はたいていこれを採り入れている。日本で妙にはやりだしたのは、マッキンゼー出身の照屋華子と岡田恵子の二人が二〇〇一年に発表した『ロジカル・シンキング』(東洋経済新報社)あたりが火付け役だったでしょうか。 ロジカル・シンキングは論理学そのものではありません。「論理的な考え方をしてみること」です。日本きっての論理学者の野矢茂樹はロジカル・シンキングという用語は論理学的ではない、せいぜい企業や自治体が使いたがっている程度の用語だと言っています。実際にもコンサル屋のロジカル・シンキングはクリティカル・シンキングであることのほうが多く、そのためMECE(ミッシー)などという合言葉が流行しています。「互いに、重複せず、全体に、漏れがない」(Mutually, Exclusive, Collectively, Exhaustive)のイニシャルをとった合言葉です。でも、これはひどくつまらない。いや、まちがっています。
 パースや編集工学はそんなふうにしない。むしろ重なりから生じうるもの、漏れ(欠番)が表示すること、ズレこそがつくる意味をこそ重視するのです。なぜなら、重なりには重なるだけの、漏れるには漏れるなりのコンテクスチュアルな事情が隠れていたわけで、それらのズレから再発見もおこるからです。そこをロジカル・シンキングは消そうとしてしまう。それではダメです。
 ロジカル・シンキングとて、そのおおもとではそれなりの論理学に依拠しているのですが、そういう論理学は演繹法と帰納法を重視しています。コンサル屋のロジカル・シンキングも、主に演繹法を前提にしながら、ときに帰納法を入れこんでいます。しかし パースは演繹法でなくて、あえて帰納法に加担し、さらにそこから第三の論理学とも新たな論理思考ともいえるアブダクションの有効性を主張しました。そこが意義深い〝骨法〟になるところです。(以下略)

(出典)「千夜千冊エディション 編集力」松岡正剛

 さて、従来の科学や論理学やロジカル・シンキングは、もっぱら演繹法を採用してきました。アリストテレスに始まった三段論法を核とする推論形式がデカルトのころに、 合理の追究は演繹法でいこうというふうになったのだと思います。
 以来、合理的な科学はもっぱら演繹的に進み、実験的な化学や技術は帰納法を有効に活用し、全体としては演繹的なリクツでまとめるという論理習慣が確立していきます。 ここにダイコトミー(二分法)が大いに適用されることになったわけです。しかし、演繹でも帰納でもない、もうひとつの方法があったのです。それがこれからあらためて説明する「アブダクション」によるアナロジカルシンキングです。(以下省略)

(出典)「千夜千冊エディション 編集力」松岡正剛

 これまでの論理学はそのほとんどが「論証の論理学」 (the logic of argument)でした。ほれほれ、この通りだったでしょ、だからね、と言いたい論理学ですね。正解を求める論理です。環境判断や化学実験装置や薬学にはこれが必要です。
 しかし、仕事を進めるにあたっていつも論証があるべきかというと、そうでもありません。経営や自治体や個人の成長にとって、あるいは芸術や工芸の発展にとっては、論証よりも突破や転換のほうが大事かもしれません。コンサル屋や教育主義者はそういう論証をしたいために、新たなロジカル・シンキングを売りこむのを商売としているのですが、それだけでは意外な企業や例外的な学習法は生まれないし、育ちません。そこには新たな発見の論理が入りません。
(中略)
 第一に、編集的な思索や仕事をしたいなら、すべての試みを「アブダクション→演繹法→帰納」の順にやってみることです。(以下省略)

(出典)「千夜千冊エディション 編集力」松岡正剛

 かなり長々と引用しましたが、松岡氏が一貫して言っている「コンサル屋や教育主義者のようなロジカル・シンキングではなくアブダクションで何か新しいことを発見しクリエイティブな仕事をしてみろ」という趣旨の主張は耳が痛いです。問題はどうすればアブダクションによる有効な推論ができるのかということですが、この点に関しても松岡氏は本の中で色々なアドバイスをしてくれています。ただしこれは長くなるので、また別の機会に記事にしたいと考えています。

 アブダクションという思考法の紹介はこれで終わりです。

今回のまとめ

◆推論には次の3つの方法がある。
◆新しいことを生み出すためにはアブダクションによる推論が欠かせないこと。

 なお、演繹法と帰納法については24回目の記事(ロジカルシンキングの基礎(演繹法と帰納法))をご参照ください。

おすすめ図書

「アブダクション: 仮説と発見の論理」(米盛裕二)

 本書はアメリカの論理学者・科学哲学者であるチャールズ・S・パースが提唱しているアブダクションについて詳しく解説してくれている本です。今回の私の記事ではアブダクションとは「適切な説明のための仮説をつくる思考方法」との説明しかしませんでしたので、アブダクションについて正直よく分からなかったかもしれません。アブダクションについて、帰納法・演繹法との違いも含めてもっと具体例で知りたいという方にはぜひ本書をお勧めします。もちろん本書を読んだからといってアブダクションによる推論ができるようになるわけではありませんが、少なくとも概念が整理されることは確かです。

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「千夜千冊エディション 編集力」(松岡正剛)

 千夜千冊エディションというのは松岡氏による書評なのですが、その書評をテーマごとに編集して本にしたものです。本書では、「編集力」というテーマで集められた30冊の本に関する書評が掲載されており、今回のブログ記事で説明したアブダクションの関連でいえば、チャールズ・パース「パース著作集」、米盛裕二「アブダクション」(➡先ほどおすすめ図書の1冊目として紹介した本です)の書評が掲載されています。この中でアブダクションの考え方を松岡氏が詳細に解説してくれています。そういう意味では、最初に紹介した米盛裕二氏の「アブダクション」を読む前に、本書を先に読んでパースの考え方やアブダクションを理解しておくとよいかもしれません。
 松岡氏は長年にわたり編集の実践に携わってきた方で、現在も編集工学研究所所長というお立場にあります。編集の最前線にいる実践家としての松岡氏の言葉はとても重いです。
 ちなみに松岡氏は本書の中で次のように前置きしたうえで、アブダクション実践上でのアドバイスもしてくれます。具体的なアドバイスについて記載した箇所は長くなるので今回は紹介しませんが、機会があれば当ブログで記事にしたいと考えています。

◆実際にアブダクティブな思考に入ってみると、どうか。もっともっと劇的な効果があらわれます。それはとても気持ちがいいものです。気持ちがいいというのは、自分で推理をしていると「山道の霧が晴れていく」「抜き手をきって海原を進んでいく」といった快感があるということに近い。ただそれには、次のような類推や推論のやり方にちょっぴり長けていく必要があります。
三つほど挙げてみます。いずれもパースがさまざまな著作の中で強調していることでもあるのですが、同時にこれらは、ぼくが作業してきた編集工学的な思考や表現のプロセスの実感にもぴったり合致するものです。(以下略)

◆ぼくの経験では、だいたいこんなところがアブダクションがもたらす仮説形成プロセスの独壇場になるのではないかと思います。
もっとも、これだけでアブダクションの骨法のコツが合点できたかどうか、やや心配です。そこで、パースの方法でさらに実践的になっているのは「メタファーの活用」と「関係の重視」だったということを、あらためて付け加えておくことにします。(以下略)

 いずれにしても、本書からはアブダクション以外にも得られる知見がたくさんあるので、とてもお勧めの一冊です。

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ハットさん
ハットさん

アブダクションは、以下のように演繹的推論では誤った推論形式である「後件肯定」の形をとります。

 Aという鳥は黒い(観察された事象)
 カラスは黒い
 Aはカラスだろう(仮説)
 (➡これは後件肯定の形式)

 したがって、仮説は、演繹的推論としては正しいとは言えません。だから仮説が正しいかは実証検証が必要です。

 なお、後件肯定の誤りについては24回目の記事(ロジカルシンキングの基礎(演繹法と帰納法))の説明を見てね。

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