今回は「『失敗の本質』から学ぶ」の第6回目で「現場に丸投げするな」という話しをします。
第74回から「『失敗の本質』から学ぶ」というテーマで連載しており、私が「失敗の本質」を読んで肝に銘じていること(8つ)を順にご紹介しています。今回は5番目「現場に丸投げするな」についてお話しします。
今回お伝えしたいことを最初に要約すると…
今回お伝えしたいことはシンプルです。中央(本部)は決して現場に丸投げをしてはいけないということです。現場に丸投げしているといずれ組織が崩壊します。
図にすると次のとおりです。
以下では「失敗の本質」で書かれている具体的な指摘のいくつかを紹介します。
「失敗の本質」で指摘されている「現場への丸投げ」
いつの時代でも中央(本部)が最前線の現場に丸投げという図式はありがちです。日本軍も例外ではなく、「失敗の本質」には次のような状況だったことが指摘されています。
◆作戦をたてるエリート参謀は、現場から物理的にも、また心理的にも遠く離れており、現場の状況をよく知る者の意見がとり入れられなかった。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
◆第一線からの作戦変更はほとんど拒否されたし、(中略)大本営のエリートも、現場に出る努力をしなかった。
◆六千キロの海洋を隔てた東京の机上では、とうてい想像のできない情景であったのである。若干の幕僚が現地に進出して、実情を報告しても、首脳者はその真相を把握することはできなかったようである。用兵の高級責任者自ら現地に、少なくともラバウルまでは進出して第一線の実情を把握する必要があったと思う。
そんな丸投げ状態が横行していたにもかかわらず現場で何とかなっていたのは、日本軍の下士官以下が優秀でとことん頑張っていたからのようです。「失敗の本質」の中でも次のように書かれています。
◆なお日本軍を圧倒したソ連第一集団軍司令官ジューコフはスターリンの問いに対して、日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である、と評価していた。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
◆(作戦司令部が机上で練った抽象的プランが第一線でかなりの程度遂行できたのは)戦闘部隊が練達した戦闘伎倆の瞬時における迅速果敢な展開により、抽象的な戦略布達を補って余りあるものを発揮したからである。帝国陸・海軍部隊の人間わざをはるかに超える、血のにじむような訓練を通じて教育された練達の戦闘伎倆は、戦場において発揮されていた。つまり、それまで、粗雑な戦略であっても、個々の戦闘において、第一線はその練達の戦闘伎倆によってよくこれをカバーして、戦果を挙げてきたのである。
◆ときとして戦闘における小手先の器用さが、戦術、戦略上の失敗を表出させずにすませてしまうこともあった。(中略)
◆こうした日本軍の戦闘上の巧緻さは、それを徹底することによって、それ自体が戦略的強みに転化することがあった。いわゆる、オペレーション(戦術・戦法)の戦略化である。
いつの時代でも現場の人は真面目なので、無茶苦茶な命令に対しても何とかしようと最大限の努力をするものです。ちなみに、野球でも、評論家の豊田泰光氏が昔を回想して次のように書いています。
高田繁(巨人)や星野仙一(中日)らの名選手を育てた明大の名物おやじ、島岡吉郎監督のおはこは「何とかせい」だった。これで何とかなるなら世話はないわけだが、明大の場合は本当に力が出たから、侮れない。(中略)
(出典)「豊田泰光のチェンジアップ人生論」豊田泰光
だいたい島岡さんばかりでなく昔はプロの監督も大ざっぱで、「何とかせい」ですませる人が多かった。知将、三原脩監督ですら最後は、「何とかしろ」と呪文のように唱えていた。
手段は任せるから、とにかく出塁し、走者を返せ。何の指示にもなっていないが、そこまで監督も追い詰められているんだなあとなると、こっちも頭を使うようになる。「何とかせい」で、結構何とかなったりしたのは、そういう人間心理のからくりがあったからだろう。
しかし、現場に丸投げで「なんとかしろ」と命令され必死に頑張るといっても、限度というものがあります。「失敗の本質」では次のような記述があります。
◆(中略)日米両海軍の戦力のバランスが崩れ始めると、もう小手先の戦闘技術の訓練だけでは対抗できなくなる。(中略)
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
◆技術体系に大きな革新があったために、もはや単純な戦法レベルでの対応では十分機能しえなかったといえる。
軍隊の場合には、誤った命令に対して「無線機故障で聞こえません」ということ理由に命令無視をするという伝統的方法があるそうで、危機管理の専門家だった佐々淳行氏は「筆者も危機管理の現場で、実情のわからない後方の上級司令部からいかにも無理な誤った命令がきたとき、しばしばこの手法で規律違反にならないように命令無視を敢行したことがある」と言っています。軍隊や警察ではその伝統的方法を使用して一時的に凌ぐことはできるかもしれませんが、ビジネスの現場ではこの方法は使えません。そのため何が起こるかと言えば、病気などによる長期離脱とか退職による人員減です。とりあえずその場は乗り切ったとしても現場の従業員は疲労困憊になり、やがて現場は死屍累々になります。「失敗の本質」でも次のように指摘されています。
日本軍の現地軍は、責任多く権限なしともいわれた。責任権限のあいまいな組織にあっては、中央が軍事合理性を欠いた場合のツケはすべて現地軍が負わなければならなかった。「決死任務を遂行し、聖旨に添うべし」、「天佑神助」、「能否を超越し国運を賭して断行すべし」などの空文虚字の命令が出れば出るほど、現地軍の責任と義務は際限なく拡大して追及され、結果的にはその自律性を喪失していったのである。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
無能な上司にとって現場に丸投げするという作戦は、知恵を絞る必要もないし、予算やもろもろの懸念事項もありません。実に安直な方法です。でも、こんなことをしていると確実に組織は崩壊します。
教訓としては「現場に丸投げするな」ということ
日本軍の失敗と同じ轍を踏まないための教訓としては、現場に丸投げせず、組織として具体的で有効な対応策を考えることが大事です。
今回のまとめ
◆現場に丸投げは絶対にするな。
◆丸投げしているといずれ組織が崩壊する。
現場に丸投げしかできない上司でも、現場の部下が優秀だとなんとか乗り切ってしまい、その丸投げ上司がさらに出世するということが往々にしてあります。こうなると悪夢です。