今回は「耳の痛いことを伝えなければならない場合の伝え方のテクニック」について話しをします
仕事では、同僚や部下に対して耳の痛いことを伝えなければならない場面があります。もちろん自分のポジションが低いうちはそれほど深刻な場面に遭遇しないかもしれません。しかしながら、自分のポジションが上がり部下を持つようになると部下への指導も仕事の一部になってくるため、部下に対して耳の痛いことを伝え、部下の問題行動につき改善を促さなければならない場面というのは格段に増えますし、深刻度も増します。
ということで、今回は相手の耳の痛いことをどうやって伝えれば効果的かということがテーマです。
最初に今回の記事で対象にしている範囲を明確にしておきます
まず詳細内容に入る前に、今回の記事で対象にしている範囲について確認させてください。
耳の痛いことを伝える場合、相手が家族や友人であれ部下であれ、大きく次の3点に気をつけるはずです。
今回の記事では、上記③の「どんな言い方で伝えるのか?」だけに限定して話しを進めます。
なお、上記①の「どんなタイミングで伝えるのか?」と②の「どんな雰囲気の中で伝えるか?」という点は成否を分ける重要ポイントではありますが、状況などによって臨機応変に対応すべき事項であり、私自身が万能なノウハウを有しているわけでもないので今回の記事では取り上げません。
今回の記事で伝えたいことを先に要約すると…
今回の記事で言いたいことを要約して先に示すと次の3点です。
①たいていの場合、相手は自分の問題に気がついていない。まずは相手に正して欲しい事項を明確にして、相手と目線(認識)を合わせること。
②伝える時には事実を客観的に伝えること(主観的な感想を感情的に伝えない)
具体的には「SBI情報」に絞って伝える方法がお勧めです。
③伝えたい内容をこちらからいきなり言うのではなく、まず相手の言い分を聴くところから始めること(Ask-Tell-Ask モデル)
以上3点が今回の記事でお伝えしたいことです。以下ではそれぞれ順にご説明します。
まず相手と目線を合わせること(相手との認識のズレをなくしておくこと)
何かの論点について議論するときには、まずは議論の相手とこちらの目線が合っていること(認識にズレがないこと)が大前提です。
この点についてイメージしてもらうために単純な例を挙げてご説明します。
例えば、部下Aさんが年長者に対してリスペクトを欠いた態度をとるので、このままだとクライアントの役職者といずれ問題を起こすだろうから、Aさんに対してフィードバックし改善を促すケースを考えてみましょう。この場合、Aさん自身が自分の現状の態度に問題があることを認識していないか、誤解している可能性もあります。Aさんは自分では年長者に十分なリスペクトを払っていると認識しており、それゆえ現状で問題ないと思っているかもしれません。そうなると現状認識がズレているので、この状態で現状の問題点を伝えてもAさんには問題の所在が理解できないというか、あまり響かないでしょう。
あるいは、Aさんは確かに年長者にはリスペクトを払っていないという現状は自分でも認識している(つまり現状認識にズレはない)が、そもそもAさんの価値観として、「(実力本位の世界で)年長かどうかなんて配慮すべきことではない」との考えを持っているのだとしたら、「あるべき姿」に関して目線が合っていない(認識にズレがある)ので、やはりその状態で問題点を伝えてもAさんは納得しないはずです。
したがって、相手に耳の痛いことを伝えなければならない場合の伝え方のテクニックを使う前に、まずは相手との間で、何に関して目線(認識)を合わせなければならないのか、それにはどうすればいいのか、ということを常に考えておかなければなりません。
私の経験で言えば、目線(認識)合わせを省略して議論を始めると痛い目に会います。細心の注意を払うに越したことはありません。なお、議論の前にあらかじめ目線を合わせることの必要性については、第27回目の記事(問題解決に向けた議論の前にまず行うべきこと(関係者の目線(認識)合わせ)で説明しました。ご関心があればぜひお読みください。
伝える時には事実を客観的に伝える(主観的な感想を感情的に伝えない)
ここからが本題で、耳の痛いことを伝えなければならない場合の伝え方のテクニックの話しです。相手の立場になって考えてみると、こちらの言い方を間違えると、「なじられている」とか「嫌味を言われている」とか「意地悪をされている」というように受け取られてしまう可能性は大いにあります。したがって、できる限り淡々と事実を客観的に伝えて、感情的な言い合いにならないようにすることが大事です。
ところで、伝えるべき事実というのは次のようなことを想定しています。
上記の図は、第7回目の記事(どんな場面でも通用する質問(問い)の構造)の説明で使用したものと基本的に同じです。
上記図のうち私が特に重要だと考えるのは④の背景です。先ほどのAさんの事例で言えば、「Aさんは昨日も年長者のB部長に挨拶もしませんでしたよね」と①の現象を伝えるのは簡単ですが、それがどういう背景で行われた事象なのかをきちんと理解したうえでAさんの行動の問題点を考えることがとても重要です。
背景というのは文脈と言い換えてもいいのですが、いずれにしても「AさんがB部長に挨拶をしなかった」という現象は、どういう背景とか文脈とか関係性において起きているのかを理解しない限り、Aさんに納得感をもって今後の是正行動に取り組んでもらうことは難しいです。
耳の痛いことを伝えなければならない場合、とにかく丁寧かつ具体的に事実を伝えることが重要と認識したうえで、1つのコツとして知っておいた方がいいのは、「SBI情報」を鏡に映すように伝えるとうまくいくことが多いということです。
最悪なのはお互いに感情的になり喧嘩のようになったり、人間関係に深い溝ができてしまうような展開で、これは何としても避けたいです。そのためには、主観的な印象や感想が入り込まないようにし淡々と伝える方がいいでしょう。
まず相手の言い分を聴くところから始める(Ask-Tell-Ask モデル)
先ほど耳の痛いことを伝えなければならない場合の伝え方のコツは「SBI情報」を鏡に映すように言うことだと申し上げましたが、伝え方のコツにはもう一つあります。それは「SBI情報」を鏡に映すように言うにしても、いきなり言うのではなく、まずは相手の言い分をじっくり聴くことから始めた方が良いということです。
この点に関して参考になるのが医療現場で行われている「Ask-Tell-Ask モデル」という方法です。医師が患者にネガティブな情報を伝える時のコミュニケーション術として「Ask-Tell-Ask モデル」という方法を用いるそうですが、一般人が耳の痛いことを伝えなければならない場合にもこの方法が大変参考になります。
「Ask-Tell-Ask モデル」のポイントは最初に相手の言い分を聴くことです。この聴く段階では次の点を意識しておくことが大事です。
①「聴く」は「聞く」ではない。あくまでも共感を持って傾聴すること
②聴く過程で相手との目線(認識)のズレも明確になる。目線が合っていない(認識がズレている)点を丁寧にすり合わせること
③相手の行動の背景にある事情や経緯なども丁寧に確認していくこと
聴くプロセスを丁寧に重ねていくにつれ、相手もこちらの言うことに対して聞く耳を持つようになってくれることが多いです。その状態になって初めてこちらの言い分を「SBI情報」に整理して淡々と客観的に伝えることです。そのうえで、再度相手の言い分に耳を傾けるというプロセスを繰り返すと、より建設的な議論になる確率が高まると考えています。
(最後に補足)普段から信頼関係を構築しておくことが重要
今回の記事でご紹介したいテクニックは以上です。しかし、しょせんテクニックは対症療法にしかすぎません。本質的にはお互いの信頼関係が大事ですよということを以下で補足させてください。
同僚や部下に問題行動が認められ組織全体のパフォーマンスにマイナスの影響を及ぼしている場合、その問題行動を改善してもらうことが必要になります。とはいえ、それを直接本人に伝えるのは気が重い任務です。相手に対して「あなたのこの点が問題で困っている。だから改善してね」と伝えた際に、「指摘してくれてどうもありがとう。頑張ってすぐに改善しますね」なんて素直に反応してくれる人はまれです。むしろ、ムッとされたり、その後の人間関係に悪影響を及ぼすことの方が多いでしょう。だから、嫌なことを伝えるお役目は可能なら避けて通りたいのですが、仕事となるとそうも言ってはいられません。でも、どうせ避けられないのなら、お互いに前向きかつ建設的な場にして、気持ちよく改善につなげたいものです。この点は指摘する側も指摘される側も忘れずにいたいことです。わざわざ耳に心地よくないことを伝えるのは、お互いに置かれている立場があってのことだし、相手のことが嫌いだからとか、いじめ・嫌がらせなどをしたいからではありません。最終的にはお互いにより良い状態にしたいという想いがベースにあると私は信じています。
ただ現実には素直にそんな風に思えないことも多々あります。理由の一つとして、信頼関係もない人から耳に心地よくないことを言われたくないという感情の存在が挙げられます。だから、常日頃からお互いに「誠実さ」と「リスペクト」を積み重ねて「信頼感」を構築しておくことが何よりも大切と考えています。もちろんこの点は耳の痛いことを伝えなければならない場合の伝え方の話しだけの問題ではなく、誰かと何かを交渉するときなど全般に言えることです。第4回目の記事(交渉の7つの要素(ハーバード流交渉術))と第32回目の記事(交渉力の源泉であるBATNAの有効性とその限界)で紹介した「交渉の7要素」でも「Relationship」の大切さについて強調しました。ご関心があれば第4回目と第32回目の記事もご覧ください。
今回のまとめ
耳の痛いことを伝えなければならない場合、次の点に留意すること。
①たいていの場合、相手は自分の問題に気がついていない。まずは相手に正して欲しい事項を明確にして、相手と目線(認識)を合わせること。
②伝える時には事実(SBI情報)を客観的に伝えること(主観的な感想を感情的に伝えない)
③まず相手の言い分を聴くところから始めること(Ask-Tell-Ask モデル)
④常日頃からお互いに「誠実さ」と「リスペクト」を積み重ねて「信頼感」を構築しておくことが何よりも大切
おすすめ図書
「フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術」(中原淳)
今回の記事本文でご紹介した「SBI情報」によるフィードバック方法は本書に基づいています。著者の中原氏は人材開発が専門の大学教授です。そのため読み始める前までは理論ばかりで実践の役に立つのかしらという心配もありましたが、それは杞憂でした。とても実践的な内容になっています。
本書の中には「タイプ&シチュエーション別フィードバックQ&A」という章もあり、その中では例えば、「すぐに激昂してしまう逆切れタイプ」にはこんな対応をしてみましょう、のような具体的な知恵が満載です。私も中原氏がアドバイスする方法を実際に試してみたところ、「すぐに激昂してしまう逆切れタイプ」はいつもと変わらず激昂していたのでこの本のアドバイスが必ずしも有効とは言い切れません。それでも、考えるヒントを与えてくれるのは確かです。私は部下に耳に痛いフィードバックをしなければならない時には何度も本書を読み返して、色々と作戦を考えました。
本書にはある意味で常識的なことしか書いてありませんので、長年実務経験を積み重ねきた管理職の人にとって目新しいことは少ないかもしれません。しかしながら、丁寧に言語化されているので、本書を通して自分の頭を冷静に整理することができます。耳の痛いことを伝える場合の実践的な知恵を探している方の最初の一冊としてお勧めします。
著者の服部氏がマッキンゼーのコンサルタントして活躍する中で身につけたフィードバックスキルを体系化してくれたのが本書です。本書で教えてくれるフィードバックの考え方は参考になる点が多々ありますが、一方で、それは日本固有の企業ではなかなか実践は難しいという内容も紹介されています。例えば、次のような部分です。
自分の感情を伝える
(出典)「リーダーのためのフィードバックスキル」服部周作(注)ハットさんが一部太字にした。
(中略)
サラッと躊躇なく伝える
(中略)
一通り相手からの説明が終わったら、アクションはこれ!と言う前に、その行為や行動について自分はどう感じたかを積極的かつ正直に伝えることが鍵です。
例えば、「実は、それをやられると私は不愉快です」「しゃべるのも面倒くさくなります」「むかつきます」「吐きそうになります」「怖いです」「残念な気持ちになります」「驚きました」といった類のことを伝えます。率直に言うのがベストです。回りくどいと相手に真意が伝わらず、逆効果になります。(以下略)
服部氏は、フィードバックにおいては回りくどい言い方をせずに率直に「実は、それをやられると私は不愉快です」「しゃべるのも面倒くさくなります」「むかつきます」「吐きそうになります」などと自分の感情も伝えた方がいいと提案しています。これをやらずに淡々と事実だけ伝えても相手には響かず、改善行動を促すことにつながらないというのです。おっしゃる意味はよく分かりますが、しかし実践するとなると相当ハードルが高いです。もちろん服部氏もその点は意識していると思われ、伝え方に関しては下記のようにすべきと強調しています。
最後に一つ、大事なことをお伝えしておきます。感情を伝える=感情を露わにする、ことではありません。怒鳴ったりすることではないのです。淡々と平然と感情のことを話します。コツはこう感じたということをサラッと言ってしまえることです。
(出典)「リーダーのためのフィードバックスキル」服部周作(注)ハットさんが一部太字にした。
服部氏は「サラッと言えばいい」とアドバイスしますが、結構難易度が高いです。マッキンゼーのような意識の高い人たちの集まりからなる世界的な企業であれば、「むかつきます」「吐きそうになります」などという表現もサラッと言えば問題ないのかもしれませんが、それでもハラスメントと受け取られるリスクもあり、抵抗感がかなりあります。
それはともかく示唆に富む実践的な内容もたくさん書かれていますから、フィードバックのやり方で悩んでいる人にお勧めする本です。
「次世代型リーダーの基準 世界基準で『話す』『導く』『考える』」(田口力)
著者の田口氏はGEでリーダー育成に従事していた方です。本書は、「第1部 仕事の基本」、「第2部 部下の育て方」、「第3部 プレゼンの基本」という3部構成の内容になっており、必ずしもフィードバックに特化した本ではありません。それでもフィードバックという点に関して言えば、「第2部 部下の育て方」において参考になる事項がたくさん書かれています。そのため今回おすすめ本として紹介しました。
本書を読むと、GEではいかに人材育成に重点を置いているのかが具体的なノウハウとともに分かります。ただ、先ほど紹介した服部氏の「リーダーのためのフィードバックスキル」にもあったように、純粋な日本企業で実践するのはハードルが高いと感じる内容もあります。たとえば、次のようなものです。
⑥(フィードバックでは)改善点を話して(ネガティブで)終わる
「次世代型リーダーの基準」田口力
管理職研修などでフィードバックについて教える際、「フィードバックは改善すべき点について話し、そのまま終えなくてはならない」と話すと、多くの参加者は困惑したような表 情を浮かべます。
部下の良くない点などネガティブなことをフィードバックしている最中に、だんだんと相手の表情が曇ったり、険しくなったりするのを経験したことはありませんか。するとその雰囲気に耐えかねて「でも全体的には良くやってくれているよ」などとフォローのつもりで余計な一言を言ってしまいがちです。
この一言が、せっかくの改善点についてのフィードバックが持つ効果を台無しにします。 この一言を言われた相手は、「ああ、全体的に良くできているのなら、改善点についてはあまり気にする必要はないのだな」「上司も一応のしきたりで、改善点について伝えることになっているので言っただけかもしれないな」などと思ってしまいます。(以下略)
田口氏の言わんとしていることは本当によく分かりますし、実際にフィードバックをする多くの上司も同じように感じているはずです。ただ、これをやるためには、フィードバックする側も、される側も、それなりの訓練と慣れが必要です。会社全体として文化レベルで定着させておかないと、個人レベルの工夫だけで行うのはかなり難しいと感じます。
ところで、本書の中で「フィードバックの型」として次のような「SOIモデル」というフレームワークが紹介されています。
【フィードバックの型】部下を「分析的に認める」
(出典)「次世代型リーダーの基準 世界基準で『話す』『導く』『考える』」田口力
率直なフィードバックを実現するツールとして「SOI モデル」というものがあります。(中略)
では、SOIモデルについて見ていきましょう。まず、それぞれの文字が表す意味を紹介します。
・S(Standard):部下がなすべきことの明確な基準・期待を定めることが大切で、その基準に対して結果がどうだったかを述べてください(基準)
・O(Observation):目標を達成するために部下が取った行動や発言を、あなたの目から見た結果として、できるだけ客観的に述べてください(観察)
・I(Impact):部下が取った行動や発言が、顧客やチーム、会社に対してどのようなインパクトをもたらしたかを述べてください(インパクト)(以下略)
上記「SOIモデル」は、先ほど紹介した中原氏が提唱する「SBI情報」によるフィードバック方法に、部下がなすべきことの明確な基準・期待(Standard)を追加した考え方と言えます。なお、田口氏が言うところの「明確な基準・期待(Standard)」と私が記事本文で書いた「あるべき姿」という言葉は、同じ内容を指しているとの認識です。
これ以外にも本書では部下に対するコーチングの具体的なやり方なども紹介しており、人材育成に携わっているすべての人に参考になります。ぜひお勧めする次第です。
どんな状況でも、誰かに耳に心地よくないことを伝えるのはいつでも難しいです。とにかく経験を積んで身につけていくしかないですね。