今回は「致命的な失敗への対処法」についてお話しをします。
どんな人でも失敗をしない人はいません。程度の差こそあれ人生は失敗の連続です。だから失敗そのものを恥じる必要はないし、過度に恐れる必要もありません。ただし、再起不能になるような致命的な失敗だけは避けるべきです。何度でも人生を簡単にやり直せるのなら致命的な失敗をしても気に病むことはありませんが、人生は一度きりです。だからこそ注意深い心がけが必要です。もちろん人それぞれの方法でみな工夫していることがあるはずですが、今回は私の工夫を紹介させてください。
致命的な失敗に対する私の考え方(全体像)
まずは失敗に対して私が考えていることの全体像を共有させてください。致命的な失敗に関して、私は次のような考え方を持っています。
以上が致命的な失敗に関して私が考えていることの全体像です。今回の記事では、上記Aに関してのみ書きます。上記BとCに関しては、またいつか別の機会に書きたいと思います。
以下では、Aの「不幸にも致命的な失敗をしたときにどう対処するか?」について具体的に説明します。
不幸にも致命的な失敗をしたときにどう対処するか?
とにかく生き延びること
誰でもここ一番の試合や受験で失敗したり、人生での大一番という勝負で大失敗することもあります。しかし長い人生で振り返ってみれば、たいていの場合には完全に再起不能になることはありません。でも再起不能ではないにしても、とてつもなく大きなダメージを負う失敗というのはあります。そんな致命的な失敗に遭遇したときに心にとめておかなければならないのはただ1つです。
◆とにかく生き延びること。衝動的に死を選ばないこと。
心や体にあまりにも大きなダメージを負う失敗に遭遇すれば、誰だって衝動的に死を選んでしまう可能性は大いにあり得ることです。だからこそ、普段から何度も心に言い聞かせておかなければなりません。とにかく生き延びること。
ちなみに、実際には致命的な失敗ではなかったとしても、失敗した当事者にしてみれば深刻なことが多く、とことん落ち込むことはよくあります。そんな時には何もかもが嫌になり、自棄(やけ)を起こしてしまいたくなります。そのような危険性はいつでもどこにでも潜んでいるので油断大敵です。普段から生きることの危うさを自覚しておくに越したことはありません。作家の五木寛之氏は次のように書いていますが、そのとおりだと感じます。
人間はだれでも本当は死と隣りあわせで生きている。自殺、などというものも、特別に異常なことではなく、手をのばせばすぐとどくところにある世界なのではあるまいか。ひょいと気軽に道路の白線をまたぐように、人は日常生活を投げだすこともありえないことではない。ああ、もう面倒くさい、と、特別な理由もなく死に向かって歩みだすこともあるだろう。私たちはいつもすれすれのところできわどく生きているのだ。
(出典)「大河の一滴」五木寛之
繰り返しになりますが、とにかく生き延びること、衝動的に死を選ばないこと。誰でもいつでも注意しておかなければなりません。
パニックに陥ってもいち早く冷静さを取り戻すこと
不幸にも致命的な失敗をしたときには、とにかく生き延びること、衝動的に死を選ばないことが大事だと書きました。そして、その点を日常から心に言い聞かせておくことも重要と書きました。それはそうなのですが、実際問題として厄介なのは、致命的な失敗を起こした瞬間に人はパニックに陥り冷静な判断ができなくなることです。だったらパニックにならなければいいのですが、それも土台無理な話です。それゆえパニックになるのは仕方がないとして、意識しておきたいのはパニックからいかに早く冷静さを取り戻すかということです。この点に関して私が参考にしている考え方をいくつか紹介させてください。
突然のアクシデントに遭遇すると、たいていの人は慌てふためき、パニックに陥ってしまう。しかしそんな時こそ、一瞬の間をおく必要がある。(中略)パニックになりそうな時こそ、少しふーっと息を吐き、一呼吸置いてやる。(中略)ふーっと息を吐くような、間合い。その間合いをちゃんと取れるか、保たれているかでその後の展開は大きく変わってくる。間合いがとれれば冷静にもなれる。間合いを上手に取るには、普段から「間に合う」ことを心がけておくことも大切だ。
(出典)「修羅場が人を磨く」桜井章一(注)ハットさんが一部太字にした。
◆パニックは常に誤った解決法しかもたらさない。一番手近なボタンを押してしまうのだ。
(出典)「逆境力の秘密50」ジョン・リーズ(注)ハットさんが一部太字にした。
◆「パニックに陥るな!」という命令は、無意味もしくは非現実的に聞こえる。「反応するな」と言うようなものだ。だが、感情に任せて何かをしてしまう前に、まず一呼吸置くことはできる。レジリエンスとは、多くの場合、衝動と行動との間に何分の一秒かを置くという方法だ。
◆一呼吸置こう。今すぐ解決しなければならない重要なことを、手持ちの手段で解決するにはどうしたらいいかに意識を集中しよう。
◆「何もかもうまくいかない」というのは、ほとんどの場合、かなりの誇張だ。ひとつの事故を大惨事の予兆かのようにとらえている。立ち直るとは、そういう言い方を最初から退けることかもしれない。まだうまくいっていることが何かあるはずだ。問題を解決するためにできることを見つけ出すのが、あなたの仕事である。パニックの兆しを感じたら、すぐに間を置こう。物事を楽観的に見ることで、いったん自分を場の中心から外して全体を見られるようにする。
◆パニックは死のピクニック
(出典)「勝負どころを突破する(モサドに学ぶビジネスの掟)」ジェラルド・ウェスタビー(注)ハットさんが一部太字にした。
◆最悪の時は過ぎた
状況が悪くなったら、リラックスしてひと息入れて、最悪の時は過ぎたと考えることだ。トラブルに起き巻き込まれる前は、トラブルを心配していたかもしれない。だが、もう心配する必要はない。気を楽にしよう。すでにトラブルに巻き込まれているのだから。
状況が悪くなり、さらに悪い方向に向かっているとき、助かる道は1つしかない。それは冷静さを失わないことだ。冷静でいなければ状況を把握できないし、何が最善の行動かを決断できない。
パニックに陥り、考えもせずに行動を起こせば、必ず深みにはまっていく。
冷静になって考えれば、わかるはずだ。過ぎたことは過ぎたことだ。眼前の危機を切り抜けなければならず、それができなければ、事態はますます悪くなっていく。
◆状況は必ず変わる
(中略)現状を変えることは不可能とは言わないまでも、かなりむずかしい。(中略)
だからサバイバルにいちばん欠かせないのは、状況が変わったことを認め、新しい状況を受け入れることだ。
◆危機は切り抜けなければならない
ぼんやり眺めているだけでは、危機は去ってくれない。危機が去ったように思えても、危機はまだそこにある。危機に対応しないかぎり、遅かれ早かれ成功の道が閉ざされる。あなたのために危機を追い払ってくれる人はいない。
◆冷静に考え、冷静に行動せよ。
パニックに陥り、我を失ったときにどうやって冷静さを取り戻すか。人ぞれぞれの方法がありどれが一番効果的ということもありませんし、そもそも、どれも言うは易しですが実行するとなると大変です。しかし、そういう経験をしてきた人たちの上記の言葉には説得力があるのも確かです。みなさまの参考になれば幸いです。
致命的な失敗に至る前に
色々書きましたが、実際に致命的な失敗が起きた段階で対処するとなると難易度が相当高くなります。そのため、基本的にはそれよりも前の段階、すなわち、致命的な失敗に至らぬように常日頃から様々な工夫をしておく段階の方が大事です。これは最初に掲げた全体図ではBとCの領域です。これらは今回の記事で取り上げませんが、1つだけ参考になる考え方を紹介させてください。
実人生では、本当に避けなければならないのは、負け星じゃなくて、怪我なんだ。(中略)
(出典)「うらおもて人生録」色川武大
怪我につながる負けはいけない。
怪我につながる勝ちもいけない。
目先の勝ち星にこだわって、怪我したんじゃなんにもならない。
仮に目先の勝負に勝ったとしても大怪我をして深刻なダメージを負ったのなら元も子もないという考え方はとても参考になります。結局のところ成功か失敗かという観点よりも、重大なダメージを負うのか負わないのかという観点で考えておくことは、今後の長期的な継続可能性を想定するうえでとても重要なことです。
今回のまとめ
◆不幸にも致命的な失敗をしたときに最優先で考えるべきは次の2つ
①とにかく生き延びること。衝動的に死を選ばないこと。
②失敗直後のパニック状態を何としてもやり過ごし、いち早く冷静さを取り戻すこと。
◆怪我につながる負けはいけない。怪我につながる勝ちもいけない。
おすすめ図書
著者の畑村氏は失敗学で有名な方であり、失敗に関する多数の著作があります。本書はその中でも失敗をした本人がどのように立ち直ってその後教訓として生かしていくかに焦点を絞っています。まさに本書タイトルにもあるとおり「やらかした時にどうするか」という点を取り上げています。
誰でもそうだと思うのですが、「やらかした時」には、できれば慰めの一つもかけて欲しいものです。理屈はいいから、とにかく立ち直れるように元気づけて欲しいと思うのが人情でしょう。そうはいっても慰め元気づけてくれる人がいつも都合よく周囲にいるとは限りません。そういう時には本書をお勧めします。私は本書の下記箇所だけでも結構慰められました。長くなりますが紹介します。
大きな失敗をやらかしてしまったとき、たいていのひとは「なぜ、あんなことをしてしまったのか」とひどく後悔し、強烈な自責の念にかられてパニックを起こし、自分の精神を傷つけます。そのくり返しによって、心にも体にも大きなダメージを受け、疲れ果て、やがては思考停止の状態に陥ります。
(出典)「やらかした時にどうするか」(畑村洋太郎)
そこまで追い詰められると「うつの状態」に至る可能性が大きくなります。そして、 極度のうつ状態になると、どんなひとでも冷静に考えることができなくなるのです。うつの状態がひどくなれば、「この激しい後悔と怒り、強烈な不安と恐怖が生み出す耐えられないほどの苦痛から逃れるには、もう死ぬしかない」とつい思い込んでしまいます。そんなときには客観的な判断力を失っているので、本当に自ら死を選んでしまう危険性が高まります。
ですから、大きな失敗をしたときの対処法として、最優先で取り組むべきなのは「うつ状態にならないようにすること」と「うつ状態になってしまったら、できるだけ早く脱して、気力と体力を回復し、普段の精神状態に戻ること」なのです。 (中略)
そのために必要不可欠な失敗直後の対応策が「逃げろ!」なのです。
本気で逃げるためには、注意すべきことがあります。
(出典)「やらかした時にどうするか」(畑村洋太郎)
それは「きれいごとですませないこと」です。
失敗の当事者でないひとたち、失敗したひとを追い詰める側のひとたちにとって、他人の失敗など所詮は他人事なので、「世間を騒がせた責任を取らせて、公の場で謝罪せよ!」とか「失敗で迷惑をかけられたひとたちがかわいそうだから、失敗したやつは袋叩きにされても当然だ!」などと考えて、傍若無人に襲いかかってきます。
そんな無責任で欺瞞(ぎまん)に満ちた“社会正義”という「きれいごと」は、早い段階で潰(つぶ)すか、完璧に黙殺しなければなりません。ましてや、失敗した本人が「きれいごと」で考えたり発言したりするのは論外です。
いつまでも「きれいごと」のなかで何かしようとするから無理が来るのです。本当はどうにもならないのに「きれいごと」でどうにかしようとあがくから、傷が深くなり、 余計におかしくなってしまうのです。
大失敗したときは、必要最低限の処理や対応をすませたら、「きれいごと」などかなぐり捨てて、とにかくうつ状態にならないように一目散に逃げましょう。
上記以外にも失敗に対する様々な心構えは大いに参考になるでしょう。失敗で落ち込んでいる人にも、あらかじめ失敗に備えておきたい人にもお勧めしたい本です。
「同じ石に二度つまずくほど不名誉なことはない」という諺があるそうで(出典「交渉力」ジョン・イリッチ)、それはそれでとても大事なことですが、一度目のつまずきで二度と起き上がれなくなることだってありますから、一度目のつまずきで大怪我をしないことにも注意したいものです。