今回は人生では「100点以外ダメな時」があるというお話しします
長い人生では、誰でも何回かはここ一番の勝負所という場面に遭遇します。「100点以外はダメ」という場面です。それは人生においてそう頻繁にあるわけではないのですが、もしも遭遇したときには全力で100点を取りにいかなければなりません。今回はそんなお話しをします。
「100点以外ダメな時」とは?
まずは「100点以外はダメな時」について説明をします。臨床心理学者で京都大学名誉教授であった河合隼雄氏が「こころの処方箋」という本の中で説明している次の文章がとても分かりやすいので、少し長くなりますが紹介させてください。
100点以外はダメなときがある
(中略)「運が悪い」と嘆く前に考えてみなくてはならぬことが沢山あるが、そのなかのひとつとして、人生には時に「100点以外はダメなときがある」ことを知る必要がある。努力を続けてきた、という人のなかには、常に80点の努力を続けてきている人がある。確かにその人の「平均点」は人並以上どころか、大変に高い。ところが、100点以外はダメ、というときも 80点をとっていては駄目なのである。(中略)80点では駄目、98点でも駄目である。
(中略)仕事の上で同様の場合が生じることはよく了解できるであろう。誰かと交渉する場合、上司や部下と話し合うときもそうである。ここぞというとき100点をとっておけば、それ以外は60点でいいのだ。平均点は80点以下でも、その効果はまるで違ってくるのである。100点を取るべきときは、例にあげたように突然に発生するときもあるが、前もってわかっているときがある。そのときは、ちゃんと体調を整え、覚悟も十分に もって、万全の態勢で臨むことが必要である。運動選手は大切な大会に出場するときは、随分と以前から調整してゆき、ここぞというときに全力を出せるようにする。そのようにしていても、いざ本番となると、自分の持てる力を十分に出せるものではないことは、オリンピックなどを見ていていてもよくわかる。
人生にも、ここぞというときがある。それはそれほど回数の多いものではない。とすると、そのときに準備も十分にせず、覚悟もきめずに臨むのは、まったく馬鹿げている。ところが、あんがい、そのようなときでも90点も取ればよかろう、という態度で臨む人が多いように思われる。このような人が、自分はいつも努力しているのに、運が悪いと嘆くのは、ことの道理がわかっていないと言うべきであろう。
こんな人と違って、いつでも100点を取らぬと気がすまぬ人というのもいる。80点も100点も結果的にそれほど差のないときでも、100点をとるために努力する。このような人は素晴らしいと言えば素晴らしいのだが、いつも100点をとるために、だんだんと疲れてきて、一番大切な、「100点以外はダメ」というときは腰くだけになったり、うまく理屈をつけて逃げ出してしまったりするものである。それに、いつも100点を狙っている人は、不用な努力を払っている分だけ不機嫌になったり、他に対して攻撃的になったりし勝ちになるものだ。100点はときどきでいいのである。
(出典)「こころの処方箋」(河合隼雄)
この河合先生の説明を初めて読んだとき、目から鱗が落ちる思いでした。私は、それまでも何事にもつけてもメリハリをつけて対応するタイプだったので、例えて言えば、普段は60点くらいの点数を維持しておき、ここ一番でだけ90点を目指すようなスタイルではありましたが、さすがに大一番でも「100点以外はダメ」という覚悟で事に臨んだことはありませんでした。もちろんこれまで「100点以外はダメ」というほど厳しい状況に直面した経験がなかったからなのかもしれませんが、それにしても自分の覚悟とか意識のレベルの低さ・甘さを痛感させられました。
誰の人生でも「100点以外はダメ」というほどの大きな勝負所というのは一生のうち10回もないと思うのですが(➡「合格点以上でないとダメ」という勝負は何度もありますが…)、一方で、誰の人生でも「100点以外はダメ」という大勝負が一生に必ず1度くらいは遭遇すると思うのです。
問題はいつどんな状況でそれに遭遇するかですが、残念ながらそれは分かりません。ただ言えることは、今まで遭遇していないとしてもいつか必ず「100点以外はダメ」という場面に出くわすということです。その時には全身全霊を傾けて100点を取りにいかなければなりません。それを意識しておくだけでもその後の人生は大きく変わると考えます。
そのため、このブログ記事をお読みの皆様にも河合先生の文章をぜひ紹介したいと考えた次第です。
ところで、今回の記事の最大の目的は、河合先生の文章を読んで各自が考えに耽って頂くことにあります。したがって、ここから先は時間のない方や面倒な方は読まなくても構いません。
「100点以外はダメな時」に備えて留意点を知りたいという方には、参考になるように以下では私が心がけていることを書きました。参考になれば幸いです。
「100点以外はダメな時」に100点を取ることの難しさは3つある
人生では「100点以外はダメな時」、すなわち99点でも98点でも100点以外はダメな場面というのは確かにあります。しかしながら、現実的には99点でも98点でも100点と大差ない、言い換えれば、別にどうしても100点でなければダメというわけではない(合格点さえクリアすれば100点でなくても問題ない)場面もあります。そして、事前に両者を冷静に見極めるのは結構悩ましい問題です。例えば、ストイックな人・生真面目な人はちょっとしたことでも「100点以外はダメ」と判断してしまうし、反対に怠けクセのある人などは深刻な場面でも「80点でいいでしょ」のように考えてしまいがちです。
また、人生を後から振り返って「ああ、あの時が100点以外はダメだったのか」と客観的に認識することは容易ですが、往々にして後の祭りです。
つまり、実生活において、本当に「100点以外はダメ」なのかどうかを見極めるのはとても難しいことです。また仮に適切に見極められたとしても、「100点以外はダメ」な場面で確実に100点を取ることは相当難しいです。さらに言えば、逆に「100点以外はダメ」というほど追い込まれた状況にないときには無理して頑張らない、いわば平然と60点くらいの合格点すれすれの点で凌いでおくことができるのかどうかという問題もあります。
要約すると、「100点以外はダメな時」に100点を取ることの難しさは次の3つです。
①「100点以外ではダメな時」と「100点以外でもまったく問題ない時」の両者の見極めがつくか?
②「100点以外ではダメな時」に確実に100点を取れるか?(99点でもダメなときに100点を取ることの難しさ)
③「100点以外でもまったく問題ない時」に平然と60点を取れるか?(ギリギリ不合格も怖いが、逆にギリギリ合格のような低得点もプライドが許さない、など様々な要因で加減が難しいこと)
「100点以外ではダメな時」と「そうでない時」の見極め
すでに書いたとおり「100点以外ではダメな時」と「そうでない時」の見極めはかなり難しいのですが、人生を重ねるごとに分かってくることの一つに、本当に「100点以外はダメな時」なんて人生でそんなに多くはないということです。全身全霊を賭けて100点満点で勝たなければいけない場面などというのはそう滅多にありません。おそらく人生で10回くらいでしょう。
逆に言えば、だからこそ「100点以外はダメ」な場面に遭遇したときには死に物狂いで取組まなければならないわけですが、とにかく「100点以外はダメ」な場合なんて人生の重大な岐路となるような有事くらいだとの認識を持っておくといいです。
もちろん日常の平時においてもメリハリをもって対応することは大切ですが、それでも「100点以外はダメ」なんてことはありません。一方で本当の危機など有事の時、例えば家族や自分の命・名声に係わる時などでは、余力を残すことなく全身全霊を尽くして100点満点を取りに行く覚悟で対応すべきです。
「100点以外はダメ」かどうかの見極めという点に関しては、以上のような認識を持っていれば判断をそうそう誤ることはないというのが私の考えです。
「100点以外ではダメな時」に確実に100点を取れるか?
「100点以外ではダメな時」に確実に100点を取れるかどうかは誰にも分かりません。1点も落とせないとなると精神的なプレッシャーも相当に高くなり、実力的には問題がなかったとしても重圧から実力を発揮できないことは大いにあり得ます。結果として100点を取り損なうこともあるでしょう。
ただ重要なことは、絶対に100点を取るとの覚悟を決めて、全力を尽くして出来る限りのことをすることです。第2回の記事(苦境を乗り越えるための4C(Commitment、Control、Challenge、Connectedness))で書いたとおり、4Cの観点を意識して全力でやり切り、結果として100点を取れるかどうかは「人事を尽くして天命を待つ」という心境で割り切るしかないと私は考えています。
「100点以外でもまったく問題ない時」に平然と60点を取れるか?
いつ訪れるか分からない「100点以外ではダメな時」に備えて、平時の「100点以外でもまったく問題ない時」においては無駄な努力を極力惜しみ、平然と60点を維持しておくことは重要です。しかし、これは言うほど簡単なことではありません。簡単ではない理由として、例えば次のような点が挙げられます。
◆平時では無駄な努力を極力惜しみ、平然と60点を維持すると言っても、加減を一歩間違うと落第しゲームセットになってしまう恐怖があること。だから安全のためについ余分な頑張りをしてしまうこと。
◆有事に備えるために平時には無駄な努力を惜しんでいても、本当に有事の備えになっているのかどうかは分からない。だったら有事・平時関係なく常に頑張り続ければいいという考えに傾いてしまうこと。
◆有事に備えて余力を残すため平時ではあえて60点程度の頑張りにとどめているが、本気を出せばいつでも90点くらい取れる実力はあるといくら自分では思っていても、周囲からは本当に実力がない奴だと認定される。これをプライドが許すかどうか。特にもともと優秀な人にはとっては難しいこと。
上記以外にも性格的にストイック・生真面目であるとか、自分としては疲れが溜まるほど頑張っているつもりはないなど様々な要因もあり、「100点以外ではダメな時」ではないにもかかわらず、つい100点をとるために頑張り続けてしまいがちです。
河合先生も言っているように「このような人は素晴らしいと言えば素晴らしいのだが、いつも100点をとるために、だんだんと疲れてきて、一番大切な、『100点以外はダメ』というときは腰くだけ」になってしまうのではないかと心配になります。
そうならないためには、いつも100点(または高得点)を取ることが良いことだと無意識に刷り込まれている観念を解き放つべきと考えています。少し嫌味な言い方をすれば、小さい頃から「お利口さんだね」と褒められて育まれてきた優等生君の意識を一度壊してみる必要があると提案したいのです。
その観点で言えば、麻雀放浪記を書いた作家・色川武大氏の「うらおもて人生録」にある次のアドバイスは大変参考になります。
◆本当に一目おかなければならない相手は、全勝に近い人じゃなくて、相撲の成績でいうと、九勝六敗ぐらいの星をいつもあげている人
(出典)「うらおもて人生録」色川武大
◆勝ち星よりも、適当な負け星をひきこむ工夫の方が、肝要でむずかしい。
◆九勝六敗の、六敗の方がむずかしい。適当な負け星を選定するということは、つまり、大負け越しになるような負け星を避けていく、ということでもある。
◆ここが勝負というときは、限度に近い力を出す。そのかわり、そうでないときは一円の無駄も惜しむ。コツはこの落差なんだ。
◆問題のポイントは負け方にあるんだけれども、しかしその以前に、負けるということに抵抗があっちゃ駄目。
◆勝ち星にこだわるより、適当な負け星を先にたぐり寄せる方が大事。
◆実人生では、本当に避けなければならないのは、負け星じゃなくて、怪我なんだ(中略)。
怪我につながる負けはいけない。
怪我につながる勝ちもいけない。
目先の勝ち星にこだわって、怪我したんじゃなんにもならない。
◆負けるコツというと、変にきこえるけれどね、これは重要なんだよ。
有事の「100点以外ではダメな時」に確実に100点を取るために備えて、平時の日常においては怪我につながらない適当な負け星を意識的に引き込む工夫をするという考え方はとても参考になります。人生は長期戦であり目先の勝敗に一喜一憂する必要はありません。若い方にはぜひ意識して欲しい考え方です。
今回のまとめ
◆人生では「100点以外はダメな時」があることを認識しておくこと
◆しかし、本当に「100点以外はダメな時」というのは一生を通じてそう何回もない。勝負どころの前では今回が本当にそうなのかどうか自問自答するクセをつけること
◆「100点以外はダメな時」には全力で100点を取りに行くこと(出し惜しみしない)
◆有事の「100点以外はダメな時」に備えて、平時ではメリハリを意識すること。そのためには日常での負け方の工夫が欠かせないこと。
◆有事・平時関係なく常にメリハリなく頑張り続けるような愚はゆめゆめ避けること
おすすめ図書
今回の記事本文では「100点以外はダメなときがある」という項目から抜粋した文章を紹介しました。これ以外にも参考になるフレーズ満載で、特に悩んだ時などに癒したり励ましてくれる本です。
本書は下記のような55個の章(タイトル)からなる比較的短めの文章を1冊に収録した文庫本で、自分の関心のある章から自由に読むことができます。
1 人の心などわかるはずがない
2 ふたつよいことさてないものよ
3 100%正しい忠告はまず役に立たない
4 絵に描いた餅は餅より高価なことがある
5 「理解ある親」をもつ子はたまらない
6 言いはじめたのなら話合いを続けよう
7 日本人としての自覚が国際性を高める
8 心のなかの自然破壊を防ごう
9 灯台に近づきすぎると難破する
10 イライラは見とおしのなさを示す
11 己を殺して他人を殺す
12 100点以外はダメなときがある
13 マジメも休み休み言え
14 やりたいことは、まずやってみる
15 一番生じやすいのは一八〇度の変化である
16 心のなかの勝負は51対49のことが多い
17 うそからまことが出てくる
18 説教の効果はその長さと反比例する
19 男女は協力し合えても理解し合うことは難しい
20 人間理解は命がけの仕事である
21 ものごとは努力によって解決しない
22 自立は依存によって裏づけられている
23 心の新鉱脈を掘り当てよう
24 健康病が心身をむしばむ
25 善は微に入り細にわたって行なわねばならない
26 「耐える」だけが精神力ではない
27 灯を消す方がよく見えることがある
28 文句を言っているうちが華である
29 生まれ変わるためには死なねばならない
30 同じ「運命」でも演奏次第で値段が違う
31 ソウル・メーキングもやってみませんか
32 うそは常備薬 真実は劇薬
33 逃げるときはもの惜しみしない
34 どっぷりつかったものがほんとうに離れられる
35 強い者だけが感謝することができる
36 勇気にもハードとソフトがある
37 一人でも二人、二人でも一人で生きるつもり
38 心の支えがたましいの重荷になる
39 「昔はよかった」とは進歩についてゆけぬ人の言葉である
40 道草によってこそ「道」の味がわかる
41 危機の際には生地が出てくる
42 日本的民主主義は創造の芽をつみやすい
43 家族関係の仕事は大事業である
44 物が豊かになると子育てが難しくなる
45 権力を棄てることによって内的権威が磨かれる
46 権力の座は孤独を要求する
47 二つの目で見ると奥行きがわかる
48 羨ましかったら何かやってみる
49 心配も苦しみも楽しみのうち
50 のぼせが終るところに関係がはじまる
51 裏切りによってしか距離がとれないときがある
52 精神的なものが精神を覆い隠す
53 「知る」ことによって二次災害を避ける
54 「幸福」になるためには断念が必要である
55 すべての人が創造性を持っている
上記55のタイトルを見ただけでも興味をそそられるものがあると思います。「3 .100%正しい忠告はまず役に立たない」「32.うそは常備薬 真実は劇薬」のタイトルを見てもらえば想像がつくように、理想論一辺倒ではなく現実に即して寄り添って語り掛けてくれます。もちろん読む人の悩みや置かれている状況によって感じ方は様々でしょうし、この本を読んだからといって直ちに悩みが氷解するわけではありません。それでも、じんわりと後から効いてくること請け合いです。心が疲れた時に目を通してみると救いの言葉が見つかるかもしれません。
著者の色川武大氏は阿佐田哲也名義で「麻雀放浪記」という小説も書いた人で、ご自身も麻雀の打ち手としても有名です。
「うらおもて人生録」は、著者が麻雀や競馬を始めとするギャンブルから学んだ人生訓を若者向けに語りかけるように書いたものです。ギャンブルを基礎にした考え方やその語り口が評価の分かれるところで、人によっては本書を生理的に受け付けないかもしれません。そういう意味で万人にお勧めはしないのですが、人生では勝ち方よりも負け方の方が大事という考え方は参考になります。特に「負け星の選び方は慎重に」とか「怪我につながる負けはいけない。怪我につながる勝ちもいけない。」というフレーズを意識しておくだけでも今後の人生で役に立つと思います。
なお、本書で想定されている読者層は社会人になる前の学生と推測されます。もちろん社会人になって随分と時間が経過してしまった人が読んでも気づきはあるのですが、それ以上に今更感を抱くでしょう。そういう意味で、本書は本ブログ同様学生さんなどに読んで欲しい本です。
「100点以外ではダメな時」と「そうではない時」のメリハリを意識してね。