今回のテーマは「背景を問う」です
今回は「背景を問う」質問として「⑤起点・経緯・関係性」について説明します(今回の記事は、前回記事「実態を問う質問(何が起きたのかを問う)#9」の続きです)。
前回までのおさらい(当記事は#8から続いています)
まずは前回までの内容を簡単におさらいしておきましょう。
8回目から「実態を問う質問(どんな状況下で何が起きているのか)」を次の構造図に沿って掘り下げて説明しています。
前回までは次のような説明をしました
<8回目の記事:「①それは何か?(定義)」>
①議論のスタート段階で「それは何か?」という定義を確認し、お互いの認識を合わせておこう。
②見慣れない言葉だけでなく、ありふれた言葉であっても、想定している意味は人それぞれで違うかもしれない。
③Aを定義するには、そっくりな非Aとを区別する基準が何かを問うてみよう。
<9回目の記事:「②何が起きたのか?何が起きていないのか?」>
何が起きたのかを質問するときには、次の4点に注意すること
①より具体的に聞くこと(ありありとした実際の状況を聞くこと)
②全体感をもって事実を収集すること
③何が起きていないのか(同時に起きていても当然なのに起きていないこと)を探ること
④「なぜ」という質問は初期段階では厳重に差し控えること
今回は「背景を問う」質問として「⑤起点・経緯・関係性」について説明します。
何が起きたかを理解するには「⑤起点・経緯・関係性」(背景・文脈など)の理解が欠かせない
実態を問う質問(何が起きたのかを問う)においては、「⑤起点・経緯・関係性」について確認することが欠かせません。この「⑤起点・経緯・関係性」とは、背景や文脈と言い換えても問題ありませんが、内容としては次のようなものを想定してします。
◆前後の流れ
◆文脈
◆脈略
◆過去からの経緯及び発端となった起点
◆歴史
◆周辺事情との関係性
など
何かが起きた時「それが何か」「どういう状況で起きたのか」を確認しただけでは、断面的な理解にとどまります。どんな出来事でも前後の流れ・文脈・過去からの経緯などがあり、急に現在の姿になったわけではありません。また、一見するとどうしてそんな不合理なことが起きているのかと思われるようなことでも、周辺事情との関係性などを確認するとそれなりの事情があるものです。起きたことの全体像を十分に理解するためには、背景・文脈の理解が欠かせないのです。
なお、ご参考ですが、マッキンゼーの「伝説の社内資料」が書籍化されたと評判になった『完全無欠の問題解決』の中では、「文脈」理解は問題定義として書かれています。ご紹介まで。
問題を定義する -問題定義
(出典)『完全無欠の問題解決』(チャールズ・コン、ロバート・マクリーン)
問題の文脈と境界線が完全に説明されていない場合は、誤りの発生する余地がたくさんある。
背景や文脈を確認するための具体的な質問
背景や文脈を確認するための具体的な質問として、元駿台予備学校の人気講師で現在教育コンテンツプロデューサーの犬塚壮志氏は次のようにアドバイスをしています。
「前提となっている条件を教えていただけませんか?」
「この背景から教えていただけませんか?」
「ことの経緯は何だったんですか?」
「どのようなプロセスをたどってその結果になったのですか?」これらのような質問をして、まずは文脈(コンテクスト)を正確に捉えていくことが重要になってくるのです。
(出典)『「結局、何をやればいいんですか?」 頭の悪い人ほど堂々とそんな質問をしてしまう根本原因』(犬塚壮志)(PRESIDENT Online 2022/05/02)
犬塚氏のアドバイスに従ってあとは各自工夫して実践あるのみです。とはいうものの、そもそも「文脈」とか「前後の流れ」とか「起点」についてもう少し深く理解したうえで、自分なりの質問を考えたいという方もいるでしょう。
そこで以下では、補講として、「文脈」・「前後の流れ」・「起点」・「背景」を理解する上で参考となる言葉や考え方を紹介させてください。私はこれらの言葉から有益なヒントを頂きました。
補講
「文脈」の理解を深めるために参考となる言葉
「文脈」の理解を深めるために参考となる言葉を2つご紹介します。
1つ目は一橋大学名誉教授・野中郁次郎氏の講演でのお言葉です。野中氏の下記「文脈」に関する説明は、言語学における「語用論」を勉強するきっかけにもなる分かりやすい内容になっています。ここでは「語用論」について立ち入りませんが、仕事でのコミュニケーションを考える際にも大いに参考になるものですので、「語用論」に関心を持った方はネットなどで検索してみてください。
ここで強調したいのは、(動かしようのない事実なら意味は一定と思われるかもしれないが、実は)事実ですら文脈理解に依存するので受け手によって意味が変わるということです。
(中略)知を創造するために重要なのは関係性を読むことですが、我々はこれを「文脈(context コンテキスト)」と呼んでいます。言葉が置かれた状況と言語との関係性あるいは前後関係のことで、非常に重要な概念です。なぜならば、何にせよ前後関係を見ることでしか意味を知り得ることが出来ないからです。たとえば「結構です」ということばが「よい」という意味なのか、あるいは「必要ない」という意味なのかは、前後関係で決まります。また「俺はうなぎだ」などという言葉、これはどう考えても論理的におかしいのですが(会場笑)、和食屋に行って「お前は何を食べるんだ」と聞かれたら、「俺はうなぎだ」という返事で十分に伝わります。重要なのはこの文脈を読むことです。つまりこれは解釈なんです。
(出典)『野中郁次郎・一橋大学名誉教授が語る「今の時代に求められるリーダーとは」』(野中郁次郎)(GLOBIS 知見セミナー 2012.01.19)大学院セミナー
言葉以外の物事やデータが置かれた状況、物事やデータの関係性や意味も、周りの関係や文脈を知ることではじめて判断できます。その意味で、関係性から世界を見ることが非常に重要になります。同時にそのためには、言語・文章で表現するのが難しい主観的・身体的な経験知である「暗黙知」と、言語・文章で表現できる客観的・理性的な言語知である「形式知」を絶えずスパイラルに回していく必要があります。(以下省略)
2つ目は、元外交官・山中俊之氏による著作からの紹介です。山中氏は、文脈理解のためには世界の民族についての考え方も知っておく必要があると言っています。全文を引用すると長くなるため、私が適宜省略して紹介しました。そのため、下記引用を読んだだけでは、文脈理解のために民族に対する理解まで求められる理由がピンとこないかもしれません。
ここで私が言いたかったのは、背景の基礎となる様々な習慣・文化・価値観・歴史などを知っておかなければ、正確な文脈理解はできないということです。
(途中省略)
(出典)「学んだ知識を「知っている人」と「識っている人」の決定的な1つの違い」(山中俊之)(2022年02月09日ダイヤモンドオンライン)
文脈を読みとる力が「知る」と「識る」を分ける
このところ日本でもよく用いられている「コンテクスト」(context)という言葉があります。一般に「文脈」と訳されますが、「その事象・発言・出来事の、背景や状況または前後関係をあらわす」という意味であることを、ご存じの方も多いでしょう。
(中略)
コンテクストには「空気を読む」といった意味合いもあります。文章にはっきりとは書かれていない、言葉には出さないけれどそこに含まれている背景、それがコンテクストです。文化や価値観を共有していれば、コンテクストを理解することができます。(中略)コンテクストを理解するためには、その人が持つ文化や価値観、つまり「民族」について学ぶ必要があるのです。
(中略)
一つの事象から、コンテクストが読み取れるか、表面的な理解で終わってしまうか。これこそ、普通の働き手とビジネスエリートの境目といっても過言ではないでしょう。
「前後の流れ」の理解を深めるために参考となる言葉
「前後の流れ」で考えることの意味合いを実感させてくれるのが次に紹介する言葉です。瞬間・瞬間の定点の判断ではなく、そこに至るまでの流れで考えることの大切さを教えてくれます。
形勢判断は流れから
(出典)「先を読む頭脳」(羽生善治、伊藤毅志、松原仁)
(中略)将棋で勝つために最も重要な要素の一つに、形勢判断があります。(中略)
私の場合、形勢あるいは一つの局面で評価するのではなく、それまでの指しての流れの中で判断するようにしています。それまでの手順で積み重ねてきた一手一手の方針や方向性に、現在の局面が合致しているかどうかということを考えるのです。
そして、手の流れが自然であるかどうか。そのままの流れで指した場合に、優勢あるいは互角になるかどうか。そういったことを考えていきます。
(中略)最終的には指し手の流れをつかんで、どちらの方がより流れにうまく沿っているかによって、形勢判断をしているケースが非常に多いと思います。問題はその流れを的確に理解できるかどうかということで、それには経験の積み重ねが必要だと思います。(中略)
対局している最中に、ときどき隣にいる記録係から棋譜を借りて眺めることがあります。もちろん、プロなら誰でもそれまでの手順は全て頭に入っていますから、何を指したかを確認しているわけではないのです。
(中略)より重要な点はそこまで進んできた指しての流れを見ることにあります。それも一〇手くらいのレンジではなく、二〇手とか三〇手の間で進んできた流れを確認する作業なのです。
つまり、今この局面にはどういう流れで、どんな方向性で到達したのかという状況を把握するために棋譜を見ているのです。(以下略)
「今この局面にはどういう流れで、どんな方向性で到達したのかという状況を一〇手くらいのレンジではなく、二〇手とか三〇手の間で確認していること。問題はその流れを的確に理解できるかどうかということになるが、それには経験の積み重ねが必要なこと。」何度も読み返したくなる言葉です。
次は同じ本からプロ野球投手のエピソードも紹介します。
流れで考える
(中略)上級者になるほど、ある局面を見て、その局面だけから判断しなくなってきます。即ち、「どういう展開でその局面に至り、このあと何がポイントになるか」ということについての言及が見られるようになるのです。
「9回裏2死満塁フルカウントで、相手は4番バッター。貴方なら、最後の決め球は何にしますか」と尋ねられたプロ野球投手(注1)が、「フルカウントに至るまでにどんな球を投げて、打者がどんな見送り方をしたのかがわからなければ、その場面だけで切り出されても決められない」と答えたという話を聞いたことがあります。それと同じで、将棋の熟達者も局面を切り取って、その局面だけで判断するということはしないのです。これが、コンピューターとの違いでもあります。
現在のコンピューター将棋は、相手が想定外の一手を指すと、一手前に考えていたことをリセットして、またそこから考え始めます。従って、人間から見ると、とてもちぐはぐな手を指すことがしばしば起こるのです。コンピューターには「流れ」がないのです(注2)。
「流れ」という概念で局面を捉えることで、「どう指すべきか」という方針が見えてきます。プロ棋士は、「前に指した手の顔を立てる」という表現をすることがありますが、これは、1局の将棋を1つの流れの中で捉えようとしている現れです。局面から意味を汲み取り、「流れ」を読み取り、その後の展開を予想する。この一連の過程をマスターして実践しているのが、羽生さんのような超エキスパートであるといえるのです。(以下省略)(ハットさんの注)
(出典)「先を読む頭脳」(羽生善治、伊藤毅志、松原仁)
1.本文に出てくるプロ野球投手とは、中日やロッテで活躍した牛島和彦氏のことです。ここで紹介されているエピソードはウィキペディアの「牛島和彦」の「人物」の項で詳細に紹介されています。ご関心のある方はどうぞ。
2.東京大学次世代知能科学研究センターの松原仁教授の解説によれば、ChatGPTは、会話を積み重ねていくと過去の文脈をある程度踏まえて回答ができるということです。AIの特徴であった「過去が分からない」「文脈が分からない」「前後関係を踏まえない」からは進化しているようです。(4月25日ウェビナー開催 東大・松原仁教授が語る「ChatGPTとの付き合い方」 (2ページ目):日経ビジネス電子版 (nikkei.com))
一流のプロは、棋士であれ野球選手であれ、流れで考えているのです。一流を目指すためにはぜひとも真似をしたい考え方です。
「起点」の理解を深めるために参考となる言葉
どんなことにも過去からの経緯があり、さらに言えば発端となった起点があるはずです。どこを「起点」とするかはその人の考えによって変わりますが、少なくとも「どこかに起点があるはずだ」、そして「その起点は何だろうか」と考えるクセをつけておくと、背景理解が深まります。そのことを示唆してくれるのがサッカー解説者の戸田氏の次の文章です。
「起点」とはなにか?
(出典)「解説者の流儀」(戸田和幸)
(中略)僕は、得点シーンや失点シーンだけを切り取り語ることはしない。なぜなら、得失点には必ず「起点」が存在するからだ。その起点がどこにあるかは、そのときどき、状況によって常に変わる。
起点はどこだったのか?
ゴール前でのこぼれ球を拾った得点シーンでは、最初のシュートを打った選手を起点と判断する人もいるだろうし、最初のシュートに至る前のプレーを起点ということもできる。
僕が考える起点とは、その局面へと動き始めたところだ。
(中略)
「起点」はどこか、「起点」となるプレーをどう説明するかは、サッカーをいかに語るかという意味で、重要なポイントになる。攻撃陣だけが攻撃を作るのではないのと同様に、守備陣だけが守備をしているわけではない。(以下省略)
戸田氏の考え方をさらに広げて、「起点」は、例えば、監督が新しい人に交代した時点だったとか、キャンプで新戦術の練習をした時点だったとか、もっと広い範囲で考えることも可能です。このように「起点」という視点で考え始めると発想が広がります。
「背景」理解の大切さを教えてくれる考え方
私は会計士として長年監査業務に従事してきました。いつも心がけていたのが表面的な数値・現象の裏にある背景や実態を見逃さないようにすることでした。この心がけを常に実践するために、聖路加国際病院院長だった日野原重明氏の次の言葉を常に読み返すようにしていました。背景理解の大切さばかりでなく、ものごとの裏にある本質理解の重要性を考えさせてくれます。
心臓の具合が悪いという患者がやってくると若い医者はすぐ「心電図をとりましょう」ということになりがちです。しかし、まずやるべきことは、そういうデータを取ることよりも、問診によって、今朝は何時に起きたのか、とか病院には電車で来たのか自動車で来たのか、誰か面倒を見てくれる人がつきそっているのか、平屋住まいかアパート暮らしか、といったことから聞き出すことなのです。というのは、そうした日常生活の中に、病気を引き起こしたり悪化させたりしている要因が潜んでいることが多いからです。
(出典)「事実の考え方」(柳田邦男)の中で紹介されている日野原重明先生のエピソードより
教授は診察のそういうあり方を自ら実践して、学生に肌で教えるべきなんですね。
上記と若干似た考え方として、水面下で起きている見えないことにも注視するようにアドバイスをくれるのがレジェンド棋士の羽生善治氏の次の言葉です。
水面下で起きていることを注視し、先を読む眼を養う
(出典)「大局観」(羽生善治)
(中略)一九一四年六月末、ボスニアの州都サライェヴォで、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻がセルビア人の民族主義者によって暗殺されたことから、第一次世界大戦が勃発した。(中略)
歴史に「もしも」はないが、もしも皇太子夫妻の乗った車が別の道を通っていたならば、世界史の教科書は今と違う記述になっていた可能性もあったはずだ。
一方で、サライェヴォ事件は一つのきっかけにすぎなかった、という見方もできる。(中略)すでに臨界点に達していたのだから、あとは何であれ、ちょっとした刺激になる出来事さえあれば、戦争は始まっていたと考えることもできるわけだ。(中略) 臨界点に達するまでは、水面下で着々とものごとが進行していて表面的には大きな変化がないので、事前に暴動を察知することは難しい。「時代の先を読む眼」とは、表面的な出来事を見ることではなく、水面下で起きているさまざまな事象を注視することだと思っている。
結局のところ、背景・文脈・前後の流れ・経緯・歴史を理解するということは、単に現在起きたことを理解する上で欠かせないだけでなく、将来を予測する上でも重要だということです。下記構造図でいえば「③どうなるのか?」を理解する上でも重要なのです。
今回のまとめ
起きたことの全体像を十分に理解するためには、背景・文脈の理解が欠かせない。そのため、前後の流れやそこに至るまでの経過を確認するための問いを決して疎かにしないように。
おすすめ図書
「文脈」について考察し始めると、どうしてもコミュニケーションの領域にかかわる様々な論点に踏み込むことになります。例えば今日紹介した野中氏や山中氏の話しもその一例です。本書もその入り口として、文脈理解について身近な例を題材に興味をかきたててくれます。読みやすい本ですから、一度目を通してみるとよいでしょう。
なお「文脈」についてより広く考えてみたい方は、ぜひ「語用論」と呼ばれる学問領域にも関心を広げて欲しいと思います。
9回裏2死満塁フルカウントで、相手は強打者の4番バッター。あなたがピッチャーなら最後の決め球は何にしますか?
前後の流れを、この打席だけで考えるか、この試合の第1打席から振り返って考えるか、シーズン1年間を見据えて考えるか、それとも3、4年先まで見据えて考えますか?