分析開始前に「大きさの程度と重要度」を考えること #13

分析力・問題解決力

今回のテーマは「大きさの程度と重要度」です

 前回から「分析」を行う際に留意しておく考え方について説明をしています。今回のテーマは、分析の開始前に考えておくこととして「大きさの程度と重要度」という内容のお話しをします(なお今回の記事は、前回記事「分析を行う際の考え方(総論)#12」からの続きです)。

前回までのおさらい

 まずは前回の説明を簡単におさらいしておきましょう。
前回は、後正武氏の本(『意思決定のための「分析」の技術』)から分析のエッセンスを私なりに構造化した図をお見せしまし、分析では考え方が大事であることを説明しました。

 今回の記事では、上記構造図の土台部分「①大きさの程度と重要度を考える」について説明します。

分析の開始前に「大きさの程度と重要度」を考えるクセをつける

優先順位の基準に関して関係者の認識を合わせておくこと

 何かを始める際に、お金・時間・ヒトなどの資源がふんだんにあるのなら別ですが、たいていの場合には投入できる資源に制約があります。だから、分析に限らず、何をするにしても優先順位の高いものから開始することが大事です。何も考えずに思いついたものや着手しやすいところからは始めるのは危険です。
 この考えには異論がないでしょうが、問題は何をもって優先順位を判断するかということです。何を優先させるのかの基準は価値観や性格や置かれた状況によって大きく左右されますので、まずはこの点について関係者で認識合わせをしておくことが大事です。

一般的に「大きさの程度など=重要性」を基準に優先順位を考える

 優先順位についての判断基準は人それぞれで、価値観や性格の違いによって、細かい形式や正確さを優先的に考える人もいれば、まずは大きなものから手をつけるべきだと考える人もいます。そうはいっても、企業活動における優先順位の基準に関しては、業績に及ぼすインパクトの大きさを共通の基準とすべきでしょう。もちろん誠実であることや不正ではないことのような企業倫理に関する価値観が優先順位の第一にあるのは当然ですが、それを前提とした場合には、やはりインパクトの大きいものから優先順位をつけていく姿勢が大事なります。
 この点に関して、後氏は『意思決定のための「分析」の技術』の中で次のように書いています。

大きさの程度
 大きさを論ずるうえで鍵となる考え方に「大きさの程度」(オーダー・オブ・マグニチュード)という言葉がある。何事によらず、内部論理の緻密さや形式的な整合性を論ずる前に、全体としての大きさの程度、施策の危機の程度を大まかに把握して、まず重要度の判定をし、そのうえで重要度の順に応じて、あるいは大きなところのみ手をつける、という考え方である。(中略)

 経営のための分析のツールとしては、このオーダー・オブ・マグニチュードを常に意識して、重要度の程度に応じて適正な関心の払い方、資源投入のあり方を考えなければならない。(中略)

 全体としての意味合いをとらえるには、まず何よりも「大きさ」に対する正しい認識が不可欠である。(中略)

 大きいところから考え、手をつけるという思想(中略)

 何事によらず、ある目的を持っていくつかの選択肢を検討する際には、全体像を示して、その中でそれぞれの選択肢の感度=影響度の大きさを位置づけたうえで作業に取り掛かる習慣をつけるとよい。(中略)

なるべく早い時点で、粗くても、間違っていてもよいから、全体感を持ち、その中での感度をつかんで、重要なものから順により詳細に検討する、といった態度を養いたいものである。(中略)

(出典)『意思決定のための「分析」の技術』(後正武) (注)ハットさんが一部太字にした。

 後氏の言っていることは一つ一つごもっともな内容です。ただし、後氏の言葉の中にある「大きさの程度」「危機の程度」「重要度」「影響度」「感度」「重要なもの」が具体的に何を指すのかということに関しては注意が必要です。この点に関しての具体的な共通認識を確認しておかないと優先順位の判断が人によってブレる可能性があるからです。
 以下では「大きさの程度」「危機の程度」「重要度」「影響度」「感度」「重要なもの」などの言葉を一括りに「重要性」という概念で表現することにし、その内容に関して説明させてください。

重要性に関する5つの観点

重要性に関する5つの観点(一覧表)

 一言で「重要性」といっても、私は次の5つの観点があると考えています。

観 点備   考
量的重要性絶対値として重要性と相対的割合での重要性の2つを意識すること
質的重要性その性質や内容
広範性影響が及ぼす範囲(広がり)と度合い(浸透度)大きさの程度。監査論でいうところのpervasiveness。
発生可能性(確率)将来どれくらいの時間軸でその発生可能性がどれくらいなのか。
緊迫度・緊急度致命傷になる・取り返しがつかなくなる・手遅れになるなどの程度

 優先順位を判断する時の重要性に関しては、少なくとも以上の5つの観点を考慮すべきというのが私の考えです。

 なお、上記表だけではやや説明が足りない事項について以下で補足説明をします。

補足(量的重要性に関する留意点)

 私の専門分野である会計監査の世界では、重要性といえば、どんな新人会計士でも瞬時に①量的重要性と②質的重要性の2つの重要性を思い浮かべるように訓練されています。①の量的重要性で想定されている量の概念は基本的には金額です。もちろんケースによっては、金額だけでなく数量のこともあります。②の質的重要性についてはその性質や内容についての重要性なので追加説明は不要でしょう。

 ①量的重要性についてはいくつかの留意点があります。まず量的重要性で注意すべき点として、絶対値として重要でなくても、何かとの比較による相対的な割合では重要ということもあり得ることです。例えば、「金額がいくらなので、金額の絶対値としては大したことないよね」というときでも、「利益全体に対する割合としては8割もあるから相対的には重要だよね」と判断する場合などです。

 量的重要性でもう一つ悩ましい問題があります。絶対値の金額がいくらなら重要性があると判断するかの基準の決め方です。このことに関連して、閾値(しきい値)という概念があります。経営の現場では、閾値(しきい値)と呼んでも「クリティカル・マス(Critical Mass)」と呼んでも意味合い的に同じとの理解ですが、いずれにしても閾値とは、ある値(臨界値)を分岐点としてその値を超えると結果が劇的に変化する場合の、その臨界値としての最少必要量のことです。
 理解してもらうために架空の例で説明すると、例えば一日に薬を5ml飲んでも結果には全く影響ないが、飲む量が10mlを超えると劇的に影響が出てくるような場合があったとすれば、その劇的に影響が出始める10mlが閾値になります。
 閾値があらかじめ認識されているものについては、閾値を超えない限りにおいては結果が変わらないと簡単に分かりますから、例えば、投資効果の発現の程度を分ける閾値があるのだとしたら、投資金額が閾値を超えるまでは投資効果が出てこないことは分かります。ただ悩ましいのは、あらかじめ閾値が分かるのかといえば、分からないことも多いということです。閾値は重要性を判断する際の基準の1つとして当然考慮されることになりますが、閾値が明確でないことも多いのです。先ほどの架空の例でいえば、一日に何ml飲めば劇的に効果が変わるのかが分かっていればそこまでの量を投入すればいいのですが、分かっていない場合には、判断がとても難しくなります。

 量的重要性の基準値を決定するには様々な要素や状況を総合的に勘案することになりますが、とにかく一筋縄ではいかないことは認識しておきましょう。

補足(広範性)

 私の専門分野である会計監査の世界では、監査で発見した記載誤りが財務諸表全体に及ぼす影響の程度を③の「広範性」という概念を用いて判断します。「広範性」というのは監査論の専門用語の pervasiveness のことで、影響が及ぼす範囲(広がり)と度合い(浸透度)・大きさの程度を指します。例えば、監査の過程で1つの不正が見つかれば、その不正がどれくらいの広がりと深さにおいて影響をしているのかの度合いを確認しつつ、発見した不正の評価をします。この考え方は監査以外でも大変役に立つものです。例えば、癌が見つかりましたというときでも、癌だということの質的重要性だけでいたずらに大騒ぎするのではなく、「広範性」という考え方で影響の度合いなども冷静に判断すると、考えの精度が高まっていきます。覚えておくとよいでしょう。

コーヒーブレイク

優先順位をつけるための「重度度と緊急度のマトリクス」
 タスクの優先順位を付けるための「重度度と緊急度のマトリクス」という有名なフレームワークがあります(下記参照)。スティーブン・R・コヴィー氏のベストセラー「7つの習慣」の中で提唱されているタスク管理手法です。

 重要度と緊急度がともに高いタスクを洗い出し、それを優先的に対応するというこのマトリクスの発想自体はとてもシンプルで、使い勝手もいいです。今日一日にやることの優先順位を考える時には重宝します。

 しかし、有事においてこのマトリクスを使うときには、その人の適性などによっては注意が必要だと感じています。有事と平時では「重要度」の考え方が異なることもあるのですが、なんといっても有事では深刻度とか緊迫度に対する感性が問われます。さらに判断力・決断力・実行力などで瞬発力も求められます。平時型の人はこの辺りを割と苦手にしている人も多く、マトリクスの「重要度」と「緊急度」の認識がすごく形式的・表層的になってしまう傾向があると感じるからです。実はそれほど深刻ではない事態を「重要度」“高”と判断したり、期限は迫っているものの実は期限に間に合わなくても取り返しがつかなくなるわけではない事態を「緊急度」“高”と判断することが起きます。有事においてはそのような判断が致命的なミスになりかねません。
 これは「重度度と緊急度のマトリクス」の問題というよりは、結局のところ「重要度」に関してどれくらい深く認識することができるか、「緊急度」に関して緊迫しているものを正しく認識できるか、という問題です。 平時の段階から「重要性」について深く考えるクセをつけておくことが大事です。

今回のまとめ

分析に限らず何をするにしても、まずは重要性の高いものから優先順位をつけるクセをつけること。その優先順位に従って事を進めること。ゆめゆめ思いついた事から始めない。
重要性を判断する際には次の5つの観点を意識すること。
 ①量的重要性
 ②質的重要性
 ③広範性
 ④発生可能性(確率)
 ⑤緊迫度・緊急度

ハットさん
ハットさん

何かを始める前に、まずは作戦が大事です。

タイトルとURLをコピーしました