今回は「問題解決に向けた議論の前にしておくべき2つのこと」という話しをします
どんな職場でも改善しなければならない問題というのは多かれ少なかれ存在します。そのため、改善に向けて上司・部下・同僚などで議論する風景は珍しくもありません。今回はそんな問題解決に向けた議論をする前段階として、次の2つのことを明確にしておいた方がいいですよ、という話しをします。
定義と尺度・基準を明確にすること
まずは第27回目の記事(問題解決に向けた議論の前にまず行うべきこと(関係者の目線(認識)合わせ))の振り返りから
今回の説明に入る前に確認しておきたいことがあります。第27回目記事で、問題解決に向けた議論の大前提として、関係者間で目線が合っていない状態でいくら議論をしたところで意味がないですよ、だから目線を合わせるところから始めましょう、という提案をしました。その時に説明したのが下記図です。
問題解決のテーマが単純なもの、例えば「在庫受払ミスの撲滅」のような紛れがないテーマだったら、上記のように「現状・実態(AS IS)」と「あるべき姿(TO BE)」の目線合わせから始めて問題ありません。
今回の記事で言いたいのは、上記よりもさらに前の段階の話しです。問題解決のテーマが少しでも複雑さを増したら上記目線合わせの前にもう一工夫したほうがいいですよ、と言いたいのです。
定義と尺度・基準を明確にすること
問題解決のテーマが先ほど挙げた「在庫受払ミスの撲滅」のような単純なものであれば神経質になることもないのですが、改善すべきテーマが「品質」とか「創造性」とか「効率性」などの場合、関係者それぞれの認識が異なるために議論がかみ合わないといったことはよくあります。テーマに関するそもそもの認識が関係者間でズレているのです。そうなると、議論の前に、①定義と、②評価の尺度・基準、について目線合わせ(認識合わせ)をしておくが重要になります。
この点について、松下通信工業の常務だった唐津一氏が自著の中でとても分かりやすい説明をしています。少し長い引用になりますが、参考になるので紹介させてください。
警察庁を困らせた質問
もうひと昔前になるが、日本の都市部で道路事情が急速に悪化しはじめたころ、警察庁の中に道路混雑を扱うための委員会ができ、その第一回会合に出席したことがある。事務局から 「なぜこういう委員会をつくったか」という趣旨説明が長々とあったが、要はこういうことだった。近年、東京その他の大都市道路が非常に混むようになった。そこでこの混雑を解消するために、この委員会を設置したのだ、と。そこで私は質問してみた。
「いま、混雑という言葉をさかんにお使いになりました。道路が混雑するということは、いったいどういうことですか?」
ほかの委員たちは皆、あきれたような表情を浮かべ、「そんなこと、わかりきっているじゃないか」といわんばかりであった。だが、じつは誰もわかっていないのである。
問題の中身を知らずして、何をどう解決しようというのか。「混雑とは何か」が具体的に定義されなければ、どうなれば混雑が解消したことになるのかわからない。プロジェクトの目的と評価システムを具体的に設定してもらいたくて、私は質問したのである。(中略)
「ひとくちに混雑の緩和といってもいろいろあるでしょう。たとえばある地点からある地点へ行くのに従来は30分かかったところが、新しいやり方にしたら15分で行けるなった。これを混雑が緩和したと考えるなら、そのようなクルマの流れに規制する方法があります。また、ある道路があって、これまで一時間に1000台しか走れなかった。それが新しいやり方にしたら1200台走れるようになった。これも混雑の緩和と見ることができる。しかし、いま申し上げた二つのケースでは、やり方を変えなくてはいけません。だから、混雑をなくすといっても、混雑とは何かという共通理解をもつところからはじめないと、うまくいかないのです」目的によってまったく異なる解決策
(出典)「ビジネス難問の解き方」唐津一(注)ハットさんが一部太字にした。
ちなみに前者は、移動時間を短縮することを目指すケース、後者は、道路の容量を増やすことを目的とするケース。どちらの目的を設定するかで、当然のこと、有効な交通規制の方法論は変わってくる。だから、原点にかえって、目的を明確にすることが先決なのである。(中略)
混雑とは何かという原点から議論せず、ただなんとなく解決を話しあっているだけでは、こうした結論にたどりつけなかったかもしれない。目的を具体化し、評価の尺度を明らかにすることで、さまざまな実験が有効に機能する。実験結果をその評価の尺度にしたがって分析し、より目的に近づけるにはどうすればいいかを考えてまた実験する、といったひとつの思考サイクルが確立されるからである。
上記で唐津氏が指摘するように、よくありがちな議論は「ただなんとなく解決を話しあっている」という進め方です。「●とは何かという原点」から議論することはよほど意識しない限りありません。この場合、どういう状態になったら●が改善したと言えるのかということもぼんやり認識しているだけです。
例えば、「品質改善」に向けて議論しているときに、そもそも「品質」の定義が漠然としている(または定義がない)ので、「品質改善の程度」についてもどんな尺度で測定すべきかが明確になっていないなんてことは実務ではザラです。苦し紛れに「品質改善の程度」の尺度・基準を「内部監査室の監査による指摘の数」としていた実例を見たことがあります。
そんなことにならないようにどんなテーマであっても改善に向けた議論をする前段階で、次の2点を明確にしておくことをお勧めします。
①定義
②評価の尺度・基準
KPIの議論も同じこと
ところで、最近ビジネスの色々な現場では、業績管理評価のための重要指標である KPI(Key Performance Indicator)という概念を導入しています。この KPI として何が適切なのかという議論も今回の議論とまったく同じと考えています。英語で KPI(Key Performance Indicator)とか言われると何となく米国の知らないマネジメント手法のような印象を受けますし、いまひとつよく分からないけど当社も業績管理数値として KPI を決めなければいけないね、というような安直な考えを持つことは珍しくもありません。しかしながら、大事なことは、KPI という言い方をするかどうかはともかくとして、今回の記事で説明したように、本来的には①定義と②評価の尺度・基準について、関係者で入念に議論して共通認識を持っておくこと(目線を合わせをしておくこと)です。KPI を設定する際にはこの考え方を忘れないようにしなければなりません。
今回のまとめ
問題解決に向けた議論をする前にして、次の2つのことを明確にしておくこと
①定義
②評価の尺度・基準
おすすめ図書
記事本文でも本書からの一説を紹介しましたが、それ以外にも問題解決に向けて参考になることがたくさん書いてあります。書名タイトルの「ビジネス難問の解き方」からも想像がつくと思いますが、本書がテーマとしているのは問題を発見し、それを解決する思考法です。2016年出版なので若干古い本ではありますが、著者が提唱する考え方そのものは今でも大いに参考になります。とはいえ、ものすごく斬新な内容のことが書いてあるわけでもないので、すでにたくさんのビジネス書を読んでいる人や実務で多くの困難を乗り越えてきた人にとっては目新しい内容は少ないかもしれません。いずれにしても、本書は堅苦しくなく簡単に読めますので、本屋で見つけたら手に取って中身を見て欲しい本です。
「本質(定義)と測定法は直結する」という考え方は大事ですね。