「SCARF モデル」は不安な気持ちの整理に役に立つ #54

コミュニケーション

今回は「SCARF モデル」が不安な気持ちを整理するときに役に立つという話しをします

 誰でも自分のことを尊重して欲しいと思う気持ちは同じでしょう。だからこそ逆に自分のことを軽んじられたら不安・不満・怒りなどを感じます。ところで自分が尊重されているとか、軽んじられているとかいう感情は、意外と曖昧模糊としています。例えば、プライドを傷つけられたという感覚はあっても、具体的にどんな領域でどのように不安・不満・怒りを感じたのかという点は必ずしも直ちにはっきりと自覚できるわけではありません。そんな時に気持ちを整理してくれるのが「SCARF(スカーフ)モデル」です。
 「SCARF モデル」は自分の不安な気持ちを整理するときなどに有効な考え方ですが、他者の気持ちを理解するうえでも大いに役に立ちます。今回はそんな「SCARF モデル」について紹介します。

SCARFモデル」とはどんなモデルか?

 「SCARF モデル」とは、脳内で「報酬(Reward)」および「脅威(Threat)」を感じる要因を次のように5つに整理したものです。

 脳内で「報酬(Reward)」および「脅威(Threat)」を感じる5つの要因などと言うと堅苦しいのですが、要すれば「人が不満を持つときのパターンってこの5つを想定しておけばいいよね」くらいの理解をすると違和感なく受け入れられる考え方です。

 「SCARF モデル」は、アメリカのデイビット・ロック(David Rock)博士が2008年に公表した考え方で、ネット記事によれば、ロック氏は、脳科学を応用したリーダーシップ開発の研究機関でコンサルティングファームである米国Neuroleadership Instituteの創業メンバーの一人のようです。

「SCARF モデル」はどのような点で役に立つか?

「SCARF モデル」はすでに図示したとおりであり、いたってシンプルです。以下では、この「SCARF モデル」を日常生活の中でどのように役立てればいいのかということをお話しします。

 私は「SCARF モデル」を知って以来、自分の考え方がずいぶん整理されました。それまでは、相手や部下の気持ちを思いやるときなどにマズローの有名な「欲求5段階説」をベースに考えていました。しかしこの考え方だと、「人は帰属欲求や承認欲求が強いから配慮してあげないとね」くらいの漠然とした考えでとどまってしまい、より具体的な場面や要因までは想定しないで終わってしまうことが多いのです。ところが、「SCARF モデル」で5つの要因に注目するようになってからは、自分または相手がどんな要因で不安や不満を感じているのかを具体的に想定できる可能性が高まりました。
 自分が心配や不安に感じていること、怒っていることなどを具体化して言語化するのは意外と難しいものです。何かに対して漠然と不安を感じている状態というのは誰にでもあることですが、その漠然とした状態にとどまっている限り、その不安を解消することは困難です。しかし、「SCARF モデル」の5つの要因に着目し、自分はどの要因でどのような不安を感じているのだろうか、のように具体的に考えてみると、不安の内容がよりクリアになりモヤモヤしていた視界が晴れていきます。また、他者の気持ちを理解するときにも同じように「SCARF モデル」を使って考えると、考え方の幅が広がります。
 つまり、自分や相手の不安・不満・怒りなどを整理したいときに「SCARF モデル」にそって考えると論点がより具体化されるところがいい点です。

「SCARF モデル」の5つの要素に関する簡単な説明

 「SCARF モデル」は次の5つの要素からなります。
  ① Status(地位)
  ② Certainty(確実性)
  ③ Autonomy(自律性)
  ④ Relatedness(関係性)
  ⑤ Fairness(公平性)

 それぞれの要素について、とても分かりやすく説明している本があります。「決定版コーチング」(ジェニー・ロジャース)という本です。ここでは同書から5つの要素についての説明箇所をご紹介しておきます。

●地位:
 私たちは、他者と同じ程度か、他者よりも優れているかを、そして自分が序列のどこに位置するのかを知りたがります。その状況にささいであっても脅威があると抗しがたい感情的な反応を引き起こします。
 例えば、クライアントがパフォーマンス評価に関して異常と思えるほど熱く論争したとの話は数えきれないほどあります。
 「私は自己評価を4にしたのですが、上司は2だと言うのです! 私は彼のために二度と頑張らないし、もしそれが当然だと思っているのであれば、それは大間違い!」
 どんなフィードバックも、現状への脅威となり得ます。だから私たちがコーチング中にフィードバックを実施するときは巧みにそれを行う必要があります(第9章の『フィードバックを行う』参照)。昇進は社会的報酬であり、その欲求はクライアントがなぜ頻繁に、その仕事の肩書が明らかに高い場合に、金銭的な報酬は取るに足りないものの、新しい仕事を得ることに奮闘するのかが説明できます。
 コーチングの会話では、ステータスの違いが出てしまうことが往々にあり得ます。このクライアントは私よりもステータスが上か、下か? 私よりも年長のクライアントに本当に異議を唱えていいのだろうか?
 もちろん逆のケースもあります。クライアントは、コーチが自分よりも人生経験が浅いか若過ぎたり(ステータスが低い)、あるいは人生経験が豊富である(ステータスが高い)のかということを気にすることがあるかもしれません。

●確実性:
 私たちは確実であること、つまり確実性を好みます。よく知っているということは心地よいものです。もし私たちが不確実なままにものごとを比較検討しなければならないとしたら、前頭前野の貴重な資源を浪費することになります。こうなると疲れを引き起こすため、それを回避しようとします。不確実性の状況では、私たちは再び確実性を取り戻すまで頭がいっぱいになってしまいます。
 残念なことですが、不確実性は会社生活に蔓延している特徴となっています。
   いまいる会社は買収されるのだろうか?
   いましている仕事はインドに委託されるのだろうか?
   何人の人員削減が行われるのだろうか?
   自分の将来は大丈夫だろうか?
 このような確実性への欲求は、すべてのセッションでの明確な目標設定の重要性をより強固なものにすることにもなります。なぜなら目標を設定するプロセスが不確実性を減少させるからです。

●自律性:
 これまでの組織研究から、心身の健康と職場における仕事の自律性には相関関係があることがわかっています。これによると、クライアントが業務の委譲ができないと、すなわち、メンバーに自主性を与えていないと、チーム・メンバーから平凡な評価しか得られないかもしれません。よって、管理職のクライアントがより効果的に業務委任ができるように支援するのがいかに大切であるかを意味しています。
 自律性はコーチとクライアントの関係において尊重されなければならない大切なことであり、アドバイスすることが危険であることがここからもわかります。クライアントが決断のために必要な情報を提供するときも、決断をしてその結果を受け入れるのはクライアント本人であることをしっかり認識してもらいましょう。そのために、次のように念押しをしましょう。
 「いま、私から共有しました情報ですが、どのように活用されたいかはあなた次第です。」

●関係性:
 人間は集団を形成する生きものであり、1人では生きていけません。種として誕生した初期の頃は、誰がよそ者で、部族の生活を脅かす存在であるかを瞬時に知ることが生存のカギを握っていたに違いありません。「私はこの仲間に入れるのか、それとも追いやられるのか?」追放は、その時代の人類にとって、死を除けば最悪の罰でした。現代の10代の子どもの自殺という悲劇の背景もこれがしばしば関係しています。また、いつも孤独感を抱えている人の急激な健康状態の悪化やうつ病の発症も同じ理由かもしれません。所属したいという欲求は、自律したいという私たちの欲求とは真逆に働き、私たちの多くは他の人に受け入れられていると感じているために、少なくともいくらかは自律性を失っているともいえます。
 コーチングでは、クライアントと関係性の構築は必須です。もし私たちコーチがクライアントとの絆を感じられなければ、クライアントとの協同は成立しません。コーチングが機能する理由の本質はそこにあります。
 「一緒に仕事をするのに、例えば、共有できる価値観があるか?」
 「このクライアントは私を受け入れ、好きになってくれているか?」
 「私はクライアントを受け入れ、好きになっているか?」
 これらの問いに対する答えが、どれかが「いいえ」であれば、コーチングは速やかに終わることになります。

●公平性:
 不公平感が恨みや怒りを生み出します。これは”脅威反応”です。会社生活では不公平感は少なくありません。例えば、組織内のモラルの低下は、上級管理職の非常に高い報酬と労働者の低賃金との巨大なギャップから生まれています。「行動規範」を打ち出しながら、自らそれをないがしろにする行動を取るマネージャー、ひいきしたりある部門を他の部門よりも優遇する上司、工場全体を唐突に閉鎖する外国人オーナーなど、これらすべてが同じような反応を引き起こすでしょう。
実際に、SCARFモデルにまとめられた欲求(または脅威)によって引き起こされるさまざまな感情は一度に現れるかもしれませんが、なぜクライアントが極端な反応をするのかをSCARFモデルによって説明がつくかもしれません。(以下省略)

(出典)「決定版コーチング」(ジェニー・ロジャース)

 上記文章は、コーチングの仕方を解説した本からの引用なので、「SCARF モデル」の説明もコーチングの進め方という文脈で語られています。それでも「SCARF モデル」を理解して日常的に活用するうえではとても参考になります。

「SCARF モデル」の2番目の要素、「Certainty(確実性)」に関する補足

 ここまでの説明で「SCARF モデル」についての概要は終わりです。ここからは「SCARF モデル」の2番目の要素、「Certainty(確実性)」に関して補足をするだけなので、時間がないという人は読まなくても「SCARF モデル」を理解するうえで問題はありません。

 さて、ここから「SCARF モデル」の2番目「Certainty(確実性)」という要素に関して補足したいのですが、この「Certainty(確実性)」というのは、以前の記事で説明した「首尾一貫感覚(SOC= Sense Of Coherence)」で言うところの「把握可能感覚」と同じです。
(注:首尾一貫感覚(SOC= Sense Of Coherence)については第41回目の記事(首尾一貫感覚(SOC)で不安を軽くする)で説明しました。ご参照ください)。

 つまり「Certainty(確実性)」について簡単に言えば、人はなんとなくでも先のことが分かれば不安が軽減されていくし、逆に分からないと不安になるということです。だからこそ、他人に対して「Certainty(確実性)」に関する不安を抱かせないようにするためには、次の3点に留意することが大事です。
①先のことを共有するにしても、すごく先のことである必要はない。一歩か二歩程度の先のことを共有するだけで人は安心すること。
②先のことが本当に読めないなら、分からないなりにその分からない状況を共有するだけでも不安感は軽減する。何も知らされないことが一番不安を呼び起こすと心得ること。
③(先行きの問い合わせなどを)無視したり放置することは不安・不満を増大させるだけなので厳に慎むこと。

 たとえば、事故で停車中の電車の中に閉じ込められた乗客がイライラするのも、病院でいつ順番が来るのか分からない状態で待ち続ける患者が怒り出すのも、根本的には先行きが分からないからなのです。しかし、上記3つの点を配慮するだけでも、ただイライラするだけの状態からは脱して不安感は軽減します。
 なおこの点に関連して、プロ野球西武の元監督で名監督と称される森祇晶氏は自著の中で次のように書いています。

◆苦境に陥ったとき監督として選手に言うべきこと
(中略)1ヵ月先の試合の話をすれば、選手たちは混乱するだけだ。
 少し先の方向を明確に示せばそれで事足りる。一歩前を照らすということだ。(以下略)
◆勝っていこうと思えば、はるか先を見ていなければならない。だが、それが現実の姿を取るときは、選手の一歩先をきちんと照らすことを心掛ける必要がある。(以下略)

(出典)「監督の条件 決断の法則」(森祇晶)

 やはり勝負ごとの最前線にいた人の言葉は胸に響きます。

 ついでに申し上げますが、人を不安にさせる「無視」という行為は、人を怒らせることにもつながります。その点を見事に指摘した下記文章については、いつも念頭においておくことをお勧めします。

人間。
相手を蹴ってみよ。たぶん許してくれるだろう。
おべっかを使ってみよ。こちらの腹を見すかされるかもしれないし、見すかされないかもしれない。
だが、相手を無視したら、嫌われるだろう。

(出典)「権力に翻弄されないための48の法則 下」(ロバート・グリーン、ユースト・エルファーズ)の中で紹介されている『夢の隊商』イドリー・シャー 1968年より)

 上記の言葉にあるとおり、メールでもなんでも相手を無視したら嫌われます。もちろん忙しくて返信できないとか、急ぎの話題ではなかったからしばらく放置していたとか、無視するつもりはなかったが忘れてしまっていたなど、人にはそれぞれ事情があります。だから無視することが常にいけないというわけではありません。ただ知っておくべきは、こちらの事情や意図にかかわらず、無視という行為は「SCARF モデル」の2番目の要素「Certainty(確実性)」に関して、相手を不安にさせ、場合によっては怒らせているということです(もちろん程度問題ではありますが…)。だから、良好な人間関係を保つためにはこの点をよくよく意識しておいた方が無難です。

 逆に「Certainty(確実性)」に関していつまでも悩んでしまう人にアドバイスです。先行きが分からずに不安や心配があるときには、悩みに歯止めをかけるための基準をあらかじめ決めておき、機械的にそれに従うことです。例えば、回数とか期間とか金額とか時間などのように歯止めとなる目安を設定し、その限度を超えたら悩みをきっぱりストップさせ、潔く次の行動に移すこと。それだけでいつまでも続く悩みから解放されます。次のようなイメージです。
◆何回連続で無視されたらもうその相手を信頼しないことにするとか迷いなく関係を断つ、のような基準を決めておきそれに従う
◆何時まで待つかを決め、その時間以後何の説明も進展もなければ未練なく次の作戦に移る
◆いくらの金額まで株価が下がったら損切りするという基準を設定しておきそれに従う
◆どのくらいの期間までに株価が戻らなければ損切りするという基準を設定しておきそれに従う
◆何日間悩んで答えが出なかったらそれ以後はきれいさっぱり忘れることにする、のような基準を決めておきそれに従う

 この点に関して、名著「道は開ける」(➡ 第45回目の記事(名著「道は開ける」は人生で直面する様々な悩みへの対処法を教えてくれる)で紹介した本です)には次にように書いてあります。

あなたの不安にストップロス・オーダー(損切り注文)をかける 
 (中略)しばらくして、私はこの『ストップロス・オーダー(損切り注文)の原則』が、株式市場の外でも使えることに気がつきました。いらいらすることや腹が立つことに出くわすと、私はストップロス・オーダーを出すようにしたのです。効果は、まるで魔法のようでした。
 たとえば、よくランチを一緒にするのに、まず時間どおりになど来ない友人がいます。おかげでこちらは昼間から三十分も、いらいらしながら待たされることもざらでした。そこで、不安とストップロス・オーダーの話を彼に聞かせることにしました。そして『ビル、君を十分待ったら、僕はそこでストップロスをかける。もしそこまで待っても来なかったら、僕は待つのやめて帰るよ』と伝えたのです」
 いやはや!もし何年も前から自分が「ストップロス・オーダーの原則」を知っていたならば、短気や癇癪(かんしゃく)、後悔に悩まされることもなく、心を張り詰めさせてくたくたになるようなこともなかっただろうに。(以下略)

(出典)「新訳 道は開ける」(D・カーネギー)角川文庫

 人は先行きが分からないと不安になったりイライラしたりするのですが、そういう時には「道は開ける」でお勧めしている「ストップロス・オーダーで悩み・不安に歯止めをかける」という方法はとても有効な方法です。もちろんあらかじめ基準を設定したからといって実際にスパッと割り切れないのが人間ですが、それでも際限なく悶々としているよりははるかにましです。「Certainty(確実性)」に関していつまでも悩んでしまう人はぜひお試しください。

今回のまとめ

◆「SCARF モデル」は、自分や相手の不安・イライラ・心配などの気持ちを整理するときに役に立つ。
◆「SCARF モデル」は、人間関係を考えるとき、たとえば部下への評価フィードバックをするときなどや、新しい環境に適応しなければならないときなどにおいても、うまく進めるためのヒントを与えてくれる。

おすすめ図書

「決定版コーチング 良いコーチになるための実践テキスト」(ジェニー・ロジャース)

 今回の記事本文では本書より「SCARF モデル」の説明箇所をご紹介しました。しかし、書名にもあるとおり本書は本来コーチングのテキストであり、「SCARF モデル」に特化した本ではありません。そのためここでも「SCARF モデル」に関する推薦図書としての観点ではなく、あくまでコーチングの本としてお勧めするものです。
 私自身はプロのコーチではありませんし、コーチングを専門的に学んだこともありません。あくまでも会計士としてクライアントに助言するときや部下を指導する際のヒントになればとの考えから市販されている本を買い漁って乱読してきただけの立場にある者ですが、その立場でいうと本書はとても参考になりました。
 そもそも上司が部下を指導するのも親が子供に教育するのもコーチングの一種であると考えれば、なにがしかの役割のもとで人を導く立場にある人にとっては本書で教えてくれるコーチングの考え方や実践方法は大いに参考になるはずです。そういう意味で、多くのビジネスパーソンにもお読みいただきたい本です。 ただ、コーチング関係の本は世の中に多数出版されており、さらに良書も多いため、どうしてもこの本にこだわらなければならない理由も正直ないのかもしれませんが、逆にこだわりがないのならコーチングを学ぶのに本書からスタートするという選択肢は大いにありです。

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ハットさん
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「SCARF モデル」についてはネット検索すると解説記事がたくさんヒットします。ぜひ皆様も調べてみてください。なお、カタカナで「スカーフモデル」と検索するとスカーフをしたモデルさんのファッション関係の写真がヒットしてしまいます。検索するときには「SCARF モデル」と入力してね。

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