今回のテーマは分析のゴール(メカニズムを明らかにして構造化する)です
12回から「分析」を行う際に留意しておく考え方について説明をしています。今回が最終回でテーマは「分析のゴール(メカニズムを明らかにして構造化する)」です。(なお今回の記事は、12回記事「分析を行う際の考え方(総論)」から続いています)。
前回までのおさらい
まずは前回までの説明を簡単におさらいしておきましょう。
12回目から後正武氏の本(『意思決定のための「分析」の技術』)から分析のエッセンスを私なりに構造化した下記図に従って分析の考え方を説明しています。
12回から16回(前回)までの記事で伝えたかったことを要約すると次のようになります。
①分析ではテクニックに走るな。分析結果の読者に役に立つ情報を提供しろ
②やっても結果に影響しないような些末な分析なら初めからするな
③分析対象の個別事象について実態(事実やデータ)を把握しろ(憶測でものを言うな)
④現象を把握するには現象の構成要素が何かを考え、構成要素ごとに分析せよ。
⑤構成要素間の関係や問題発生のメカニズムを明かにせよ
⑥常に全体感を把握しておけ。
⑦全体像からキレのある「切り口」で個別事象の問題を絞り込むこと(全体感の中での部分の位置づけを明確にして構造化しろ)
⑧比較によって差異性と類似性を明確にして意味合いを読み取れ
⑨変化・異常値・例外値・特異点には敏感になれ
最終回である今回は、分析のゴールである「メカニズムを明らかにして構造化する」ことに関して説明します。上記構造図でいえば屋根の部分の「体系化・構造化・モデル化」の話しです。
野村監督が切り捨てた意味のないスコアラーの分析
私が分析に携わるときに常に自戒の言葉として思い起こす野村監督の言葉があります。14回の記事でも紹介しましたが、分析のゴールを考えるうえでとても重要なことなので、もう一度ここで一部を紹介させてください。
ヤクルトの監督になったとき、スコアラー諸君が持ってくるデータは、たいがいが「このピッチャーは百球のうち、ストレートが何パーセント、カーブが何パーセント」「このバッターは右へのホームランが何パーセント、左へは何パーセント」といった類いのものだった。私は言った。
(出典)「野村の遺言(野村克也)」(注)ハットさんが一部太字にした。
「そんなものはテレビ局に持っていけ!」
私がほしいデータとは、そういうものではなかった。たとえば、「このピッチャーはストレートを何球続けて放るのか」「牽制(けんせい)は何球まで続けるか」 「ボールカウントごとの配球はどうなっているか」「こういう状況ではどんなボールを投げてくるのか」 「サインに首を振ったのはどんなときだったか」……というような、状況ごとの(中略)データがほしかったのである。
なぜ改めてこの話しを紹介したのかというと、実務の現場では上記の「このピッチャーはストレートが何%、カーブが何%」と同じくらい役に立たない分析結果が横行しているとの認識があるからです。このような事実だけを集計した分析結果を提示され、これをもとに今後のアクションを考えろと言われても、言われた側の人間は途方に暮れるだけです。こんな評論家的な分析ではなくて、「このピッチャーはピンチになった途端に配球が変わり、カーブの比率が何%以上に上がる」「投球数が何球を超えると急速に変化球のキレがなくなるのでストレートに頼ってカウントを取りにくる」「ランナーがセカンドかサードにいる時にはギアが変わり、初球から外角のフォークで勝負する」とか、このピッチャーがどのように打者を抑え込んだりアウトを取っているのかという具体的なメカニズムが分からないと、今後の対策を検討しようがないのです。さらに言えば、メカニズムだけでなく、全体がどのような構造になっているのかが明確になっていないと今後の作戦を立てようがありません。だから私は、自分が分析をする立場にあるときには、いつもこの野村監督の言葉を思い起こし、自分の分析結果を顧みるようにしています。
まずは分析結果の意味合いを読み取るところから始める
分析の結果として少なくとも問題発生のメカニズムの解明や問題の構造化を目指すにしても、いきなりそれができるわけではありません。まずは分析で分かったことが何を意味しているのかという意味合いを読み取ることから始めることになります。例えば、「このピッチャーはピンチになった途端に配球が変わり、カーブの比率が何%以上に上がる」と判明したとして、それが何を意味するのかです。つまり情報の解釈をするわけです。ここでの解釈を間違うとメカニズムの分析も構造化も誤ってしまい、それに基づく対策も最終的に間違えることになります。しかし、情報の解釈ははっきり言ってそんなに簡単なことではありませんし、読み取るための簡単な公式があるわけでもありません。とにかく読み取ろうと毎回試行錯誤することが大事です。ただ、意味合いを読み取るうえでヒントになるアドバイスはあります。例えば次の安宅氏の言葉は参考になるでしょう。
意味合いを表現する
(出典)「イシューからはじめよ」(安宅和人)
(中略)比較による「意味合い」をはっきりさせることが必要になる。分析における意味合いとは何だろうか?この答えは非常にシンプルだ。
分析の本質は比較だと述べた。したがって分析、また分析的な思考における「意味合い」は、「比べた結果、違いがあるかどうか」に尽きる。つまり「比較による結果の違い」が明確に表現できていることが「意味合い」を表現するポイントになる。(中略)
典型的なのは次の3つだ。
1 差がある
2 変化がある
3 パターンがある(以下略)
なお、情報の解釈ということに関して、軍隊や米国のCIAのような情報機関などで活用されている「インテリジェンスサイクル」という考え方があります。この考え方の中に「EEI(Essential Element of Infotmation)」という考え方があり、このEEIなども情報の意味合いを読み取るときの参考になるでしょう。
EEI(Essential Element of Infotmation)という考え方。敵がどのような活動をしているかわからない時、相手の行動を読んで、もしそうならどんな変化が見えるだろうと予測し、その変化に注目して情報収集するのだ。例えば、攻撃すると読んだなら、「この道路の交通量が増えるはず」とか、「直前に通信量が増える」などのチェック項目を挙げ、その文脈で情報を処理する。すると、漠然と見ていただけでは気がつかない兆候に、一貫性を見出しやすいのだ。(以下略)
(出典)『自衛隊メンタル教官が教える「心の疲れをとる技術」』(下園壮太)(注)ハットさんが一部太字にした。
メカニズムの解明と構造化を行ううえでの考え方
問題発生のメカニズムの解明や問題の構造化をするための簡単な公式やフレームワークの類はありません。つまり、14回記事で説明した切り口探しの場合の「単純な公式などなくトライ&エラーを繰り返しながら発見していくしかない」のと同じです。ただし、考え方として頭に入れておくと役に立つ事項はあります。この項ではそれらをいくつか紹介します。少し長い引用ですが、これらを読んでおくだけでも必ず参考になることがあるはずです。
原因が発生するメカニズムそのものを把握したとしても、次に必要な解決策のメカニズムを生み出すストラクチャー(構造)まで同時に把握したことにはならない。「太る」問題のメカニズムを把握しても、「痩せる」という解決策を実行に導くストラクチャを考え出せることにはならないのだ。
(出典)「戦略シナリオ[思考と技術]」(齋藤嘉則)
「構造化」の思考技術
(中略)物事の全体像を見極め、さらに要素間の関係をわかりやすく整理する「構造化」の思考技術が必要不可欠だ。(中略)構造化とは
重要な思考技術でありながら多くの人に欠けているのか、物事を「構造化する」(構造的にとらえる)という考え方だ「構造化する」ことは、①「大局を見る」、②「関係をわかりやすく整理する」の2点から構成される。①「大局を見る」とは、「重要なポイントを見落とすことなく全体を見て、さらに各ポイントの重要性を比較検討すること」である。(中略)
真に効果のある対策案を出すには、一つ一つの側面だけでなく、もっと大局的に物事を見て、どこの部分に本質が潜んでいるのかを正しく把握しなければならない。(中略)そのうえで、互いにどのような影響力が及んでいるかなど、考えられる側面すべてから問題の構造を検討する必要がある。
その際、可能であれば、どの側面がより大きな影響与え、どの側面がそれほどではないか、重要度の比較も行うことが望ましい。(中略)
以上のことをすべて行って全体像を明らかにした上で重要な点に絞り込んでいけば、より最大多数に納得される結論が得られるはずだ。(中略)事象を構造化する
ビジネスにおける問題やトラブルの多くは単発的なものではなく、構造的なものだ。(中略)
こうした「構造」を理解せず、表層の事象のみに目を奪われて対症療法的な対応策をとっていては、問題を解決できないだろう。逆に、対象としている事象の本質的なメカニズム・構造を理解すれば、問題解決の可能性が高まる。それだけでなく、以下の点を見通しよく推定できるようになり、効率も向上する。
⚫︎どこの部分が改善感度が高そうか(したがって、優先的にアクションを取るべきか)
⚫︎どこから手をつければ、「ドミノ倒し」的に効率よく問題が解決するか(言い換えれば、「レバレッジが効くか」「二度手間を省けるか」)
⚫︎何かアクションをとったときに、どのような副作用が発生しうるか(中略)ところがビジネスの世界になると、頭の中に構造を描ける人は極めて少ない。理由は大きく2つ考えられる。
第一に、通常、ビジネスの世界では原因と結果が時間的、空間的に離れているため、因果関係が見えにくい。ある意思決定が複数の部門で行動を生み、その行動が他部門に影響を与え、再び新たな意思決定を呼ぶ。となると、どうしても表層的な事象に目を奪われ、一見効果的に見える対症療法を繰り返し、根底にある問題は先送りにされてしまうことが多い。
第二に、そもそも、自分や自分の所属する小集団を超えて全体をシステムとしてとらえ、イメージ化する習慣がない。これは責めるのが酷な面もある。なぜなら、学校教育でも、生活知の教育の場でも、そういう訓練や習慣化には注意が払われていないからだ。だからこそ、構造的に考えることを習慣にできれば、ライバルとの差別化の武器ともなりうる。
ジャーナリズムの有名な言葉に、「事件は構造を明らかにする」と言うものがある。すなわち、それまでにも同様な構造が存在していたにもかかわらず、何も起きないうちはそれが看過され、事件が起きて初めてその構造が白日の下にさらされ、皆を驚かすというのである。(中略)ビジネスパーソンとしては、「手遅れ」「後の祭り」にならないように、「危うい構造」には事前に気づいておきたいものだ。(中略)事象の構造化のパターン
(出典)「MBAクリティカル・シンキング」(グロービス・マネジメント・インスティテュート)(注)ハットさんが一部太字にした。
事象の構造化には、「必ずこうしなくてはならない」という定型フォームはなく、目的に応じてさまざまなパターンが考えられる。最も望ましいのは、以下の3点を全て明らかにすることだ。
①全体としての事象間の関係性(一時点でとらえた関係性)
②因果のメカニズム(時間軸でとらえた関係性)
③個別要素の重要度
分析の結果報告書では、理想を言えば打ち手とその実行計画まで提言したい
分析では、ゴールとして最低でも問題発生のメカニズムの解明や問題の構造化までは提示しますが、理想をいえば、今後の打ち手(対策)とその打ち手の実行計画まで提案したいところです。ただ、実際に打ち手(対策)及びその実行計画までの提言となると、関係者の合意を得たり予算面での問題をクリアしたりと、乗り越えなければならないハードルが一気に高くなります。そのための時間も余計にかかります。分析における現実的なゴールとしては、せめて打ち手の方向性とか選択肢ぐらいまでは示しておきたいところです。
12回から分析を行ううえでの考え方のポイントについて、後正武氏の著書『意思決定のための「分析」の技術』をベースにここまで説明をしてきました。最後に後氏の次の言葉を紹介して終わります。
(中略)表面の現象の背後に分析すべき要因・理由があり、その要因・理由にも、さらにより根深い要因が潜んでいるわけである。分析がどこまで進むかによって、とるべき対策は、まるで異なったものになる。(中略)
(出典)『意思決定のための「分析」の技術』(後正武)
「役に立つ分析」「使える分析」とは、実際の効果が生まれるところまで掘り進めた分析である。「使える」ところまで追求しないと、表面の分析だけでは良い結果は保証できない。(以下略)
以上、12回から連載した分析の考え方シリーズはいったん終了です。
今回のまとめ
◆役に立つ分析にするためには、最低でも問題発生のメカニズムと問題の構造化までは明確にすること。
◆問題発生のメカニズムが分かったからと言って、問題の構造化がされていないと分析の報告を受けた者は全体がよく理解できない。
◆構造化では次の3点をはっきりさせること。
①全体としての事象間の関係性
②因果のメカニズム
③個別要素の重要度
おすすめ図書
「MBAクリティカル・シンキング」(グロービス・マネジメント・インスティチュート)
今回の記事のテーマである「構造化」を考える際に大変参考になる本です。分析とか問題解決に関する本は多数ありますし、16回記事で紹介した『イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」』(安宅和人)などもとても参考になるのですが、「構造化」に関しては、本書のようにここまで分かりやすく体系的に整理して説明してくれる本は見当たらないとの印象です。一貫してロジカルかつ丁寧に記述されており、私はとても好感が持てました。序章の中に書かれている「クリティカル・シンキングの基本姿勢」という項目があり、これを読んでも著者の考え方には「そうそう」と共感するところ大です。私がこのブログで発信したいこととエッセンスは同じだと理解しています。
今回の記事の中で分析結果の意味合いを読み取るのは簡単ではないと言いました。同じ苦労を味わっている人におすすめしたいのが本書です。本書はデータを解釈するために考え方を様々な事例を使って説明してくれます。ちなみに、本書と似たようなコンセプトの先行書(かつ昔から定評のある名著)として「創造の方法学」(高根正昭)があり、こちらの本を昔から読んでいる人にとっては新鮮味がないかもしれません。しかしながら、「創造の方法学」が40年以上も前に出版された本なので、「創造の方法学」に慣れ親しんだ人にも気持ち新たにこちらの本をおすすめします。 著者の菅原氏の言葉には「物事を分析したいなら、即座に原因や理由を特定していくような思考は捨てましょう」とか「結果論は分析ではない」など、分析に長く携わってきた立場の者には「まさにそのとおり」と思わず膝を叩きたくなるようなフレーズが要所要所にあり、それを読むだけでも私は嬉しくなりました。因果関係と誤解しやすい交絡因子の説明なども参考になります。
12回の記事から分析の考え方に関する長い記事にお付き合い頂いて、どうもありがとうございました。