今回は宮本武蔵「五輪書」をお勧めする内容になります。
私には30年以上にわたって関心を持ち続けてきたことがあります。それは極限状態において生き延びた人はどんな工夫をしていたのか、不幸にして生き残ることができなかった人との違いがあるとしたらそれは何なのかということです。そのため、普段から死と隣り合わせにあるような職業の人、例えば軍人、冒険家、船乗り、パイロット、レスキュー隊員、宇宙飛行士などが書いた生存術・リスク管理などの講演や本の内容を可能な限り学び取るように心がけてきました。その中の1つに宮本武蔵「五輪書」があります。
今回の記事では「五輪書」をご紹介します。
「五輪書」はどんな本か?
まず「五輪書」がどんな本かということからお話しします。「五輪書」は剣豪・宮本武蔵によって書かれた兵法書です。宮本武蔵については映画・小説・ドラマなどであまりにも有名なので、名前くらいは聞いたことがある人も多いでしょう。また、「五輪書」についても様々な分野の人が解説本を書いているので、そのどれかをすでにお読みの方も多いかもしれません。「五輪書」について私なりに紹介をすると次のとおりです。
「五輪書」で想定されている勝負は、真剣による切り合いの勝負であり、負ければ最悪命がなくなります。そのため「五輪書」は、極端に言えば、勝負に勝つことが何にも増して最優先事項であり、そのためには手段も選ばない、生活のあらゆることも犠牲にする、くらいの雰囲気で書かれています。日々のたゆまぬ鍛錬によって強靭な精神と肉体を培い、その結果として動揺しない心を身につけよ、というストイックともいえる宮本武蔵の思想が全編を通して貫かれています。
「五輪書」はどんな人に読んで欲しいか?
先の項で紹介したように「五輪書」は、真剣勝負に勝つための剣術の兵法書です。なりふり構わず勝ちに徹する冷徹な考え方が貫かれています。この点については好みの分かれるところであり、特に平和な時代に読むと受け入れがたいと感じる人もいるかもしれません。それでも、どうしても負けられないという勝負に向き合っている人が読むと大いなるヒントをもらえます。私が初めて五輪書を読んだのは、ある仕事の案件でとても追い詰められた状況下でした。何としても無事に事態を収拾するしかない状況でワラにもすがる思いで読みました。五輪書はどうしても負けられない勝負ごとなど難局に向き合っている人にお勧めしたい本です。
「五輪書」にはどんなことが書かれているのか?
「五輪書」にはどんなことが書かれているのかということに関して、ご紹介したい本の目次があります。齋藤孝氏が超訳という形で出版した「宮本武蔵語録」の目次です。この本では齋藤氏が「五輪書」を現代風に超訳しているのですが、特筆すべきは超訳した内容を100個の項目に区分して、それぞれに見出しをつけてくれていることです。この目次を見ると「五輪書」に書いてある内容を大雑把にイメージできます。
まっすぐな道を描く - 「地之巻」
1 究めた一つの道はすべてに生かせる
2 「自分の言葉」で語る
3 原理原則を考えて事に当たれ
4 義理と恥を知り、死の覚悟を持つ
5 実際に役に立たねば意味がない
6 ニセモノに引っかかるな
7 仕事を究めるコツは、道具の習熟にあり
8 全体のビジョンを描け
9 材料をうまく使いこなす
10 適材適所で人を起用する
11 リーダーに求められる資質
12 両手に二本の刀を持て
13 使えるものは何でも使う
14 難しいことも慣れればできる
15 勝つためには手段を選ばない
16 普遍的な論理をつかむ
17 「我が道」を磨く
18 能力の使いどころを見極めよ
19 タイミングを捉える
20 勢いに乗ってテンポ良く
21 相手の意表を突く
22 自由な心で柔らかく変幻自在に動く - 「水之巻」
23 当事者意識を持って本を読む
24 想像力を働かせる
25 方向性を間違えるな
26 自分のことと捉えて工夫する
27 心を揺るがせておく
28 心と体のバランスを取る
29 「肚の心」は強く持つ
30 相手をよく知り、先入観を捨てる
31 知恵を磨けばだまされない
32 いつも「本番の構え」で
33 視野は大きく広く持つ
34 全体を捉える目を養う
35 違和感センサーを働かせる
36 力まない、ゆるまない
37 一つの考えに凝り固まるな
38 基本にとらわれない
39 困ったときは真ん中をとる
40 結果を出すことがすべて
41 基本原則を徹底習得する
42 最終目標を見失わない
43 一拍子(ひとつひょうし)のタイミングをつかむ
44 うまく誘い水を向ける
45 よけいなことは考えない
46 「落としどころ」を見極める
47 こだわりを捨てる
48 二度手間をしない
49 相手が根負けするまで粘る
50 「保身」に走らない
51 まずは死ぬ気で当たれ。そして打て
52 身を寄せてから行動する
53 引け目があっても縮こまらない
54 もつれずに粘る
55 相手の懐に飛び込む
56 相手の急所を知る
57 ベストなタイミングを捉えよ
58 ツーステップの呼吸で勝つ
59 数に圧倒されない
60 同じものはまとめて処理する
61 脇目もふらず日々努力する
62 鍛錬とは何か勢いを味方につける - 「火之巻」
63 仕事のスケールを大きくしていく
64 鍛錬なくして自由なし
65 場を味方につける
66 先手を取る
67 先回りして優位に立つ
68 出端(でばな)をくじく
69 人生の難所を乗り越えろ
70 危機を乗り越えたら、うまくいく
71 変化をいち早く捉える
72 状況判断能力を磨く
73 「崩れ」をチャンスと見る
74 相手の側から自分を見る
75 事態が膠着(こうちゃく)したら空気を変える
76 自ら仕掛けて相手を探れ
77 強い力で押し返す
78 「気」の動きに敏感になる
79 自分のペースに巻き込む
80 動揺しない心を鍛える
81 どんな人とも臆せずつき合う
82 相手の心を惑わせる
83 声を張り上げ、気持ちを鼓舞する
84 いけると思ったら全力でいけ
85 同じ手を何度も使わない
86 とどめを刺すまで気をゆるめない
87 相手を自在に操る
88 「存在感」のある人物たれ真実を見極める - 「風之巻」
89 他と比較し、さらに磨く
90 偏った考え方をしない
91 必要な力を適切に使う
92 小手先のワザより「正しい理」を学べ
93 判断力を磨く
94 「構え」にとらわれない
95 細部より全体をつかむ
96 「常の歩み」を身につける
97 達人の動作はゆったり見える
98 本質的かつ具体的なことを学ぶ自由に、自然に、こだわらず - 「空之巻」
(出典)「超訳 宮本武蔵語録」齋藤孝
99 晴れ晴れとした心を持つ
100 「我が道」を通して「空」を知る
実際の「五輪書」は、上記のように100個の項目に分かれて書かれているわけではありません。また、それぞれの項目にある見出しも齋藤氏が付けたものです。したがって、正確に言えば上記100項目は「五輪書」の原典どおりではありませんが、内容がとてもイメージしやすいのでご紹介しました。これを契機に「五輪書」に興味が湧いた方は、ぜひ次の項で紹介する「五輪書」を読んでみて欲しいです。
「五輪書」には様々なバージョンが出版されているが、どれがお勧めか?
「五輪書」の現代語訳の本としては、様々な立場の人がそれぞれの立場で解説したバージョンが出版されています。立場の違いによって、例えば次のような種類の本に分かれます。
◆剣道などの武術の達人が身体の技術論として読み解いている本
◆作家や評論家的な立場の人が人生論として解説している本
◆文学などが専門の大学教授が古典として現代語訳している本
◆将棋棋士のような勝負の世界で活躍する人が勝負術として解説している本
どれが一番お勧めということはありませんが、注意すべきは、書き手の立場の違いによって解説の視点なり重点がかなり異なるので、たまたま読んでみた本が自分の期待にそぐわなかったということも十分あり得ることです。したがって、「五輪書」を読むときには、自分が何を期待して読むのか、例えば剣道の参考にしたいとか、修羅場における心の持ちようを学びたいなど、読む意図を明確にしたうえでそれにふさわしい本を選ぶことをお勧めします。
以下では、私が今まで実際に読んだ中からそれぞれまったく異なる立場や視点で書かれているものをいくつか紹介しておきます。参考になれば嬉しいです。
著者の鎌田氏は東京大学名誉教授であり、また仏教学者として仏教関係の著作も多数書いているということもあり、取っつきにくいイメージもあるのですが、そんなことは決してありません。また鎌田氏ご自身が合気道の高段者ということもあり、宮本武蔵の説く心の在り方などを合気道も踏まえて解説してくれます。さらに本書の良い点は、江戸時代の高僧として名高い沢庵の著書「不動智神妙録」や剣豪・柳生宗矩の著書「兵法家伝書」などからも考え方を紹介してくれているところです。心の在り方という点では本書はとても示唆に富む内容になっています。
なお、本書については第63回目記事(怒りやイライラに対処して、いかにパフォーマンスを安定させるか(全6回の1回目))のおすすめ図書でも紹介しています。こちらの記事もご関心があればご覧ください。
東京大学名誉教授で倫理学者・宗教学者だった佐藤氏が分かりやすく現代語訳してくれた本です。他の本との大きな違いは原文と現代語訳があるだけで、逐条ごとの著者の解釈なり解説がないことです。余計な解説がないぶん解説者の考えにとらわれ先入観をもって読んでしまうなんてこともありません。現代語訳が大変分かりやすいので読者は宮本武蔵のオリジナルの言葉を自分なりに考えて読み進めることができます。純粋に宮本武蔵の言葉を味わいたいという方にお勧めです。
「超訳 宮本武蔵語録 精神を強くする『五輪書』」(齋藤孝)キノブックス
記事本文の中でも本書から目次を紹介しました。本書は、齋藤孝氏が「五輪書」を現代風に分かりやすく「超訳」したものです。「超訳」といった場合、原文からどの程度意訳したものを指す概念なのか正確に理解しておりませんが、少なくとも本書に関して言えば相当思い切った現代語訳にしてあります。だからこそ書名タイトルにまでわざわざ「超訳」という言葉を入れたと推測します。この点が気にならないのであれば、とてもお勧めの本です。
「超訳」しただけでも相当分かりやすいのですが、さらに分かりやすくするための工夫がされています。それは、超訳した内容を100個の項目に区分して、それぞれに見出しをつけたうえで一つの項目を見開き2ページでまとめているところです。「五輪書」は1600年代に書かれた古典なので、たいていの場合には現代語訳も含めてどうしても読みにくさが残るのですが、齋藤氏の「超訳」版で読めばそのような心配はありません。好きな項目、好きなページから読み始めることができるように編集されており、1冊を読み通すハードルはとても低い仕上がりになっています。 「五輪書」を読むときの最初の1冊としてお勧めします。
「真訳 五輪書 自分を超える、道を極める」(宮本武蔵、アレキサンダー・ベネット翻訳)PHP研究所
著者のアレキサンダー・ベネット氏はニュージーランドの出身です。高校時代に交換留学生として初来日し、その後、武道に関心を抱き、剣道七段を始め、居合道・なぎなたなどでも段位を取得している武道家です。現在は関西大学教授として日本思想史・日本文化論などを研究しています。そんな経歴をお持ちのベネット氏が書いた本だけに、剣道高段者の視点もあり、ニュージーランド出身者だからこそ持ちうる視点や言語化できる観点もあり、一味違った解説となっています。特に武道やスポーツをしている人にお勧めします。
「ビジネスマンのための宮本武蔵 五輪書」(谷沢永一)幻冬舎文庫
関西大学名誉教授の国文学者で文芸評論家でもあった谷沢氏の本です。谷沢氏は「五輪書」を推挙する理由として次のようなことを書いています。
(中略)日本人の人間観の歴史のなかに、鋼の如く強く生きぬいた人物が出現した。以後の我が国びとはこれを読んで、勇気づけられ励まされ、孤独の味を知った懐の深い人間が増えるであろう。以上が『五輪書』を私が推挙する理由である。
(出典)「ビジネスマンのための宮本武蔵 五輪書」(谷沢永一)
そして実は理由がもうひとつある。勝つためにありとあらゆる術を使う。卑怯とか堂々とか、そんな程度の噂なら聞き捨てておけ。勝負に規制はないのだと説く『五輪書』の論理こそ、世に出て仕事をしようと志す者にとっての鉄則だからである。そして勝つために心すべき手立ての数々。その綿密さには、どんな手仕事の名人でも、思わず目を見張るであろう。勝つためには手段を選ぶな。これは日本人が肝に銘ずべき箴言である。
谷沢氏はまた次のような説明もしています。
『五輪書』の力を借りて、内なる跳躍力をつける
(出典)「ビジネスマンのための宮本武蔵 五輪書」(谷沢永一)
(中略)この本には甘えがいっさいない。自分以外のものをあてにする気持ちを、頭から否定している。すべての責任を自分でひっかぶる。自分自身という生態は、他のなにものにも属さない存在であることを説き続ける。
一冊の書物で、これほど個人の可能性を多面的に論じた例はない。この本を読むことは、単に一個人の修養にとどまらない。自分自身を多面的に見つめる省察によって、現代という波動の状況における、日本人としての新しい自己発見につながるに違いない。
もう一つつけ加えておけば、一般に『五輪書』は相手に打ち勝つための技術論のように解釈されているが、これは間違っている。(中略)『五輪書』だけが現代でも注目されているのは、技術論以上のものが包摂されているからにほかならない。(中略)武蔵は口が酸っぱくなるほど、自分で考える以外に奥義・秘伝の修得はありえない、と教えている。ある意味で、これはひじょうに近代的な発想なのである。(以下略)
(出典)「ビジネスマンのための宮本武蔵 五輪書」(谷沢永一)
谷沢氏が「五輪書」を単なる自己修養書以上の書物と認識しているのがよく分かります。向上心に燃えている人にお勧めします。
著者はスポーツ科学者でもあり同時に武道家でもあるため、もっぱら身体論の立場から宮本武蔵の体の使い方を読み解きます。あくまでも体の使い方を読み解くという点に重点をおいているため、「五輪書」そのものを味わいたいと期待している人には必ずしも向かないかもしれません。本書は宮本武蔵の体の使い方に着目し、著者の考え方の裏付けとして宮本武蔵の肖像画や書籍、イチローの写真などを使用するといった説明スタイルになっています。従来の「宮本武蔵」を扱った本と毛色がまったく違うため、読者によっては合う・合わないがあるかもしれません。それでも現在スポーツをやっていて体の動き方を研究している人にはとても参考になる内容です。
上記のほか現在では若干入手困難ではありますが、次に挙げた本もそれぞれ作者のバックグラウンドが異なるので、解説の具体例やポイントに違いがあり、比較して読むと面白いです。書名と著者だけの紹介で恐縮ですが参考にしてください。
◆「宮本武蔵の次の一手 決して後悔しない人生論」 (米長邦雄)説話社
◆「武蔵と五輪書」(津本陽)講談社文庫
◆「宮本武蔵 剣と思想」(前田英樹)ちくま文庫
◆「実戦五輪書」(柘植久慶)中公文庫
◆「宮本武蔵 五輪書入門」(奈良本辰也)徳間文庫
ちなみに、私が「五輪書」に最も期待していることは、有事で生き延びための心の持ちようであり、その観点でいうと、最初に紹介した「五輪書」(宮本武蔵、鎌田茂雄訳注、講談社学術文庫)を座右の書にしています。
今回の記事では宮本武蔵「五輪書」をお勧めしました。これで終わりです。
今回のまとめ
◆宮本武蔵「五輪書」は有事で生き延びるうえでの心の持ちようを教えてくれる
「五輪書」といえば、吉川英治の小説「宮本武蔵」もお勧めです。