宮本武蔵「五輪書」は有事で生き延びるうえでの心の持ちようを教えてくれる #93

座右の名著(いつかあなたを救う本)

今回は宮本武蔵「五輪書」をお勧めする内容になります。

 私には30年以上にわたって関心を持ち続けてきたことがあります。それは極限状態において生き延びた人はどんな工夫をしていたのか、不幸にして生き残ることができなかった人との違いがあるとしたらそれは何なのかということです。そのため、普段から死と隣り合わせにあるような職業の人、例えば軍人、冒険家、船乗り、パイロット、レスキュー隊員、宇宙飛行士などが書いた生存術・リスク管理などの講演や本の内容を可能な限り学び取るように心がけてきました。その中の1つに宮本武蔵「五輪書」があります。
 今回の記事では「五輪書」をご紹介します。

「五輪書」はどんな本か?

 まず「五輪書」がどんな本かということからお話しします。「五輪書」は剣豪・宮本武蔵によって書かれた兵法書です。宮本武蔵については映画・小説・ドラマなどであまりにも有名なので、名前くらいは聞いたことがある人も多いでしょう。また、「五輪書」についても様々な分野の人が解説本を書いているので、そのどれかをすでにお読みの方も多いかもしれません。「五輪書」について私なりに紹介をすると次のとおりです。

 「五輪書」で想定されている勝負は、真剣による切り合いの勝負であり、負ければ最悪命がなくなります。そのため「五輪書」は、極端に言えば、勝負に勝つことが何にも増して最優先事項であり、そのためには手段も選ばない、生活のあらゆることも犠牲にする、くらいの雰囲気で書かれています。日々のたゆまぬ鍛錬によって強靭な精神と肉体を培い、その結果として動揺しない心を身につけよ、というストイックともいえる宮本武蔵の思想が全編を通して貫かれています。

「五輪書」はどんな人に読んで欲しいか?

 先の項で紹介したように「五輪書」は、真剣勝負に勝つための剣術の兵法書です。なりふり構わず勝ちに徹する冷徹な考え方が貫かれています。この点については好みの分かれるところであり、特に平和な時代に読むと受け入れがたいと感じる人もいるかもしれません。それでも、どうしても負けられないという勝負に向き合っている人が読むと大いなるヒントをもらえます。私が初めて五輪書を読んだのは、ある仕事の案件でとても追い詰められた状況下でした。何としても無事に事態を収拾するしかない状況でワラにもすがる思いで読みました。五輪書はどうしても負けられない勝負ごとなど難局に向き合っている人にお勧めしたい本です。

「五輪書」にはどんなことが書かれているのか?

 「五輪書」にはどんなことが書かれているのかということに関して、ご紹介したい本の目次があります。齋藤孝氏が超訳という形で出版した「宮本武蔵語録」の目次です。この本では齋藤氏が「五輪書」を現代風に超訳しているのですが、特筆すべきは超訳した内容を100個の項目に区分して、それぞれに見出しをつけてくれていることです。この目次を見ると「五輪書」に書いてある内容を大雑把にイメージできます。

 実際の「五輪書」は、上記のように100個の項目に分かれて書かれているわけではありません。また、それぞれの項目にある見出しも齋藤氏が付けたものです。したがって、正確に言えば上記100項目は「五輪書」の原典どおりではありませんが、内容がとてもイメージしやすいのでご紹介しました。これを契機に「五輪書」に興味が湧いた方は、ぜひ次の項で紹介する「五輪書」を読んでみて欲しいです。

「五輪書」には様々なバージョンが出版されているが、どれがお勧めか?

 「五輪書」の現代語訳の本としては、様々な立場の人がそれぞれの立場で解説したバージョンが出版されています。立場の違いによって、例えば次のような種類の本に分かれます。
◆剣道などの武術の達人が身体の技術論として読み解いている本
◆作家や評論家的な立場の人が人生論として解説している本
◆文学などが専門の大学教授が古典として現代語訳している本
◆将棋棋士のような勝負の世界で活躍する人が勝負術として解説している本

 どれが一番お勧めということはありませんが、注意すべきは、書き手の立場の違いによって解説の視点なり重点がかなり異なるので、たまたま読んでみた本が自分の期待にそぐわなかったということも十分あり得ることです。したがって、「五輪書」を読むときには、自分が何を期待して読むのか、例えば剣道の参考にしたいとか、修羅場における心の持ちようを学びたいなど、読む意図を明確にしたうえでそれにふさわしい本を選ぶことをお勧めします。
 以下では、私が今まで実際に読んだ中からそれぞれまったく異なる立場や視点で書かれているものをいくつか紹介しておきます。参考になれば嬉しいです。

「五輪書」(宮本武蔵、鎌田茂雄訳注)講談社学術文庫

 著者の鎌田氏は東京大学名誉教授であり、また仏教学者として仏教関係の著作も多数書いているということもあり、取っつきにくいイメージもあるのですが、そんなことは決してありません。また鎌田氏ご自身が合気道の高段者ということもあり、宮本武蔵の説く心の在り方などを合気道も踏まえて解説してくれます。さらに本書の良い点は、江戸時代の高僧として名高い沢庵の著書「不動智神妙録」や剣豪・柳生宗矩の著書「兵法家伝書」などからも考え方を紹介してくれているところです。心の在り方という点では本書はとても示唆に富む内容になっています。

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 なお、本書については第63回目記事(怒りやイライラに対処して、いかにパフォーマンスを安定させるか(全6回の1回目))のおすすめ図書でも紹介しています。こちらの記事もご関心があればご覧ください。

「五輪書」(宮本武蔵、佐藤正英校注・訳)ちくま学芸文庫

 東京大学名誉教授で倫理学者・宗教学者だった佐藤氏が分かりやすく現代語訳してくれた本です。他の本との大きな違いは原文と現代語訳があるだけで、逐条ごとの著者の解釈なり解説がないことです。余計な解説がないぶん解説者の考えにとらわれ先入観をもって読んでしまうなんてこともありません。現代語訳が大変分かりやすいので読者は宮本武蔵のオリジナルの言葉を自分なりに考えて読み進めることができます。純粋に宮本武蔵の言葉を味わいたいという方にお勧めです。

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「超訳 宮本武蔵語録 精神を強くする『五輪書』」(齋藤孝)キノブックス

 記事本文の中でも本書から目次を紹介しました。本書は、齋藤孝氏が「五輪書」を現代風に分かりやすく「超訳」したものです。「超訳」といった場合、原文からどの程度意訳したものを指す概念なのか正確に理解しておりませんが、少なくとも本書に関して言えば相当思い切った現代語訳にしてあります。だからこそ書名タイトルにまでわざわざ「超訳」という言葉を入れたと推測します。この点が気にならないのであれば、とてもお勧めの本です。
 「超訳」しただけでも相当分かりやすいのですが、さらに分かりやすくするための工夫がされています。それは、超訳した内容を100個の項目に区分して、それぞれに見出しをつけたうえで一つの項目を見開き2ページでまとめているところです。「五輪書」は1600年代に書かれた古典なので、たいていの場合には現代語訳も含めてどうしても読みにくさが残るのですが、齋藤氏の「超訳」版で読めばそのような心配はありません。好きな項目、好きなページから読み始めることができるように編集されており、1冊を読み通すハードルはとても低い仕上がりになっています。 「五輪書」を読むときの最初の1冊としてお勧めします。

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「真訳 五輪書 自分を超える、道を極める」(宮本武蔵、アレキサンダー・ベネット翻訳)PHP研究所

 著者のアレキサンダー・ベネット氏はニュージーランドの出身です。高校時代に交換留学生として初来日し、その後、武道に関心を抱き、剣道七段を始め、居合道・なぎなたなどでも段位を取得している武道家です。現在は関西大学教授として日本思想史・日本文化論などを研究しています。そんな経歴をお持ちのベネット氏が書いた本だけに、剣道高段者の視点もあり、ニュージーランド出身者だからこそ持ちうる視点や言語化できる観点もあり、一味違った解説となっています。特に武道やスポーツをしている人にお勧めします。

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「ビジネスマンのための宮本武蔵 五輪書」(谷沢永一)幻冬舎文庫
 
 関西大学名誉教授の国文学者で文芸評論家でもあった谷沢氏の本です。谷沢氏は「五輪書」を推挙する理由として次のようなことを書いています。

 谷沢氏はまた次のような説明もしています。

 谷沢氏が「五輪書」を単なる自己修養書以上の書物と認識しているのがよく分かります。向上心に燃えている人にお勧めします。

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「武蔵とイチロー」(高岡英夫)小学館文庫

 著者はスポーツ科学者でもあり同時に武道家でもあるため、もっぱら身体論の立場から宮本武蔵の体の使い方を読み解きます。あくまでも体の使い方を読み解くという点に重点をおいているため、「五輪書」そのものを味わいたいと期待している人には必ずしも向かないかもしれません。本書は宮本武蔵の体の使い方に着目し、著者の考え方の裏付けとして宮本武蔵の肖像画や書籍、イチローの写真などを使用するといった説明スタイルになっています。従来の「宮本武蔵」を扱った本と毛色がまったく違うため、読者によっては合う・合わないがあるかもしれません。それでも現在スポーツをやっていて体の動き方を研究している人にはとても参考になる内容です。

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 上記のほか現在では若干入手困難ではありますが、次に挙げた本もそれぞれ作者のバックグラウンドが異なるので、解説の具体例やポイントに違いがあり、比較して読むと面白いです。書名と著者だけの紹介で恐縮ですが参考にしてください。

「宮本武蔵の次の一手 決して後悔しない人生論」 (米長邦雄)説話社
「武蔵と五輪書」(津本陽)講談社文庫
「宮本武蔵 剣と思想」(前田英樹)ちくま文庫
「実戦五輪書」(柘植久慶)中公文庫
「宮本武蔵 五輪書入門」(奈良本辰也)徳間文庫

 ちなみに、私が「五輪書」に最も期待していることは、有事で生き延びための心の持ちようであり、その観点でいうと、最初に紹介した「五輪書」(宮本武蔵、鎌田茂雄訳注、講談社学術文庫)を座右の書にしています。

 今回の記事では宮本武蔵「五輪書」をお勧めしました。これで終わりです。

コーヒーブレイク

【作家・坂口安吾氏の宮本武蔵評には納得がいかないこと】
 ここからは私の愚痴めいた雑談なので関心がなければ読み飛ばしてください。「堕落論」などで有名な作家・坂口安吾氏は「青春論」の中で宮本武蔵のことを酷評しています。主張はひとそれぞれ自由ですから坂口安吾氏の意見に対して私がとやかく文句をつける筋合いのものではありませんが、あえて言わせていただくと、私は坂口氏の意見にはまったく納得していません。坂口氏の意見は次のような内容です。

 「だらだらと生きのびて『五輪書』を書き」という点では、私もおめおめと生き残ってこんなブログを書いていますから、坂口安吾氏から見たらだらだらとした生き方をしており、申し訳ございませんという感じです。それでも私はこうして生き延びてよかったと心底思っています。いつの時代でも生きることは大変な苦労が伴います。人それぞれ必死です。そんなときに「五輪書」があって私は本当にありがたいと感謝しています。
 坂口安吾氏の意見に対する私の愚痴は以上です。

今回のまとめ

◆宮本武蔵「五輪書」は有事で生き延びるうえでの心の持ちようを教えてくれる

ハットさん
ハットさん

「五輪書」といえば、吉川英治の小説「宮本武蔵」もお勧めです。

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