今回は「説得したいなら反論せずに質問しろ」という話しをします。
誰でも他人と一緒に暮らしている限り説得という行為は避けられません。家族に対しても、顧客に対しても、上司・同僚・部下に対しても、何らかの依頼や提案をしようとした場合には、多かれ少なかれ、説得という行為が必要になります。だから、説得のスキルを高めておくに越したことはありません。
今回の記事では、その説得を行う場合の鉄則ともいえる「説得したいなら反論せずに質問しろ」についてお話しします。
今回の記事で言いたいことを要約すると…
今回の記事で伝えたいことを先に要約すると次のとおりです。
今回の記事で言いたいことは上記のとおりです。ところで、こんなことは改めて言われなくもすでにやっているという人もいるかもしれません。例えば、家族の誰かに『牛乳を買って来て欲しい』と説得する場合でも、ストレートな言い方で「牛乳が残り少なくなっているので本日中に買っておくべきだ」のような自分の意見を押し付ける形での説得をする人は少ないでしょう。大抵の場合、「あっ、牛乳ってまだ残っていたっけ?」とか「牛乳ってそろそろ買う時期だっけ?」のようにあたかも独り言のように、しかし相手に聞こえるようにつぶやきながら問いかけます。すると、それを聞いていた家族の誰かが「あ、帰りに買ってこようか?」のように説得に応じてくれる、などというやり取りは誰しも経験していることです。
しかし、仕事などのややこしい説得になると、この簡単なやり方が意外と意識されていないとの印象を持っています。そのため下記で具体的な注意点をアドバイスをしたいのです。
大前研一流の説得の仕方
説得内容が先ほど例で挙げた「牛乳を買って来て」くらいの軽い説得だったらいいのですが、重大な決断を思いとどまらせるような説得となるとそう簡単ではありません。多くの場合、各々の意見が真っ向から対立するようなやり取りとなります。そうなると、説得対象の相手からすれば、自分の意見が否定されたように感じたり、自分の意見とは異なる意見を強引に押し付けられたように感じます。ますます意固地になり、感情的に説得を受け入れがたくなります。そうならないためにどのように説得したら良いのかということですが、この点について大前研一氏は次のような例を挙げてアドバイスをしています。架空の事例ですが大変参考になるので、ぜひ紹介させてください
「しかし」「けれど」式反論は嫌われる
(出典)ドットコム仕事術(大前研一)(注)ハットさんが一部太字にした。
自分の子供から、「学校を中退してミュージシャンを目指したい」と相談されたら、 どう答えるだろうか。
a 「やりたいことをやれ。お前の人生だ。結果に対しては自分で責任を取れよ」
b 「でも、プロのミュージシャンになれる保証なんて、どこにもないんだろ。そんな馬鹿なことは考えるな。大学を出て、ふつうに就職した方が安定した生活を送ることができるぞ」
c 「お父さんにも若い頃はそういう夢があったから、お前の気持ちはわかるし、ミュージシャンという仕事も素晴らしいと思う。その一方で、大学を卒業して大企業に入り、そこで活躍することにも意義がある。とりあえず音楽は趣味で続けて大学まで進み、その時点でもう一度考えてみたらどうか」
a のように言い切れる人は少ないはずだ。多くの人は b のように子供のいうことに対して頭ごなしに反対するか、c のように一定の理解は示しつつも、別の考え方もあるぞといって子供を翻意させようとするだろう。
⚫︎ but(しかし、けれど)
⚫︎ however (とはいえ、しかしながら)
⚫︎ on the other hand(他方、逆に)
この3つの言葉でいつも反対ばかりするような親とは、子供は次第に話をしなくなってしまう。子供の意見など端から聞く気もないことが明白だからだ。(中略)
さて、ここでミュージシャンになりたいという息子の問題に戻ろう。反対しないで質問をするのが効果的なのだ。
①あと、どのくらい練習すれば稼げるレベルになるのか?(親としては、あといくら 投資しなくてはいけないのか? 彼がそれを自分でやるのか?)
②このジャンルで一流といわれている人のレベルに達することができると思うか?
③一流になれなかったとき、どんなことをしてメシを食っていくのか?先輩の何人かが、今どんな生活をしているのか、お父さんの今の暮らしと比べてどうなのか?
その会話を録音しておき、3問とも納得いく答えだったら、紙に書く。オヤジとし ては「…以上の理解によって、私は太郎の決意が本物だと判断し、その選択に合意した」と文書化して、お互いにサインして1通ずつ持っていたらいい。大半の子供は ①から③までをまじめにオヤジに聞かれ、自分の“熱病”も現実にはヤバイかも、と思い直して、あきらめるのがオチだろう。
確かに大前研一氏が言うようにいきなり反論したり相手の意見とは異なる意見を押し付けるのは得策ではありません。ましてや、相手を論破したりすれば事態はさらに最悪します。だから「質問するのが効果的」というのはそのとおりなのですが、注意すべきことがあります。それは、質問する(問いかける)にしてもこちらの意見を押しつけるためにしていることが見え見えな質問(問いかけ)は絶対に避けなければいけないということです。上記大前氏の設例を使って言えば、お父さんが子供に次のような質問(問いかけ)をするのは避けるべきです。
質問がいくら効果的といっても上記のような質問だったら逆効果になります。そうならないためには、より具体的な事実を提示して丁寧に質問を重ね、本人によくよく考えさせることが大事です。
この点に関しては、第31回目の記事(プレゼンなどに向けたストーリー作成に際して考慮すべき6つのこと)で説明した下記記述も参考にして欲しいです。
私は会計士として今まで何度となく監査先の経営者に対して厳しい改善勧告を伝える場面がありました。その時のコツは、こちらからいきなり「これこれについて改善して欲しい」と伝えるのではなく、まずは具体的にダメな状態をありありと伝えることです。例えば、不良在庫について評価減(→帳簿価額を切り下げること)を勧告する場合でも、この在庫がいかに売れていないか、いかにマーケットの動向から外れているか、などの実態を具体的にありありとした様子で語ります。そうすると私の説明を聞いた経営者の方から逆に「この在庫は評価減すべきだな」と私が勧告したかった内容を自分に言い聞かせるように呟いてくれる可能性が高くなります。そういう展開になれば私からは「社長、まさにそのとおりなんですよ」と言うだけで済み、厳しい改善勧告の議論の場がスムーズに進むことになります。(以下省略)
(出典)第31回目記事(プレゼンなどに向けたストーリー作成に際して考慮すべき6つのこと)
具体的なデータ・状況などを提示して社長ご自身に考えてもらうように仕向けると、こちらから説得しなくても社長自身で「そろそろ評価減しないといけないなぁ」と言ってくれることが多いのです。しかし、この点を意識していないためにクライアントの社長の説得に苦労する部下をたくさん見ました。他人を説得するときにぜひこの点を意識しておくことをお勧めします。
説得で大事なことは相手が自ら気づいて決断するように仕向けること
説得で重要なことは相手の納得感です。本人が納得してくれることが一番大事です。仮に説得に応じたとしても、実は本人は納得していないとか嫌々受け入れているだけだったら、後々トラブルになる可能性が高いです。そういう意味で、次の指摘は常に心にとめておくべきです。
「説得」するのではなく「納得」してもらう
(出典)「心を動かす話し方」堀紘一
(中略)コンサルタントがいかに素晴らしい提案をしたとしても、クライアントがその通りに実践する気になってくれないと、それこそ絵に描いた餅に終わる。
クライアントを説得しようとするのではなく、「納得」してくれるように仕向けることが大切なのだ。その出発点は、やはりクライアントの話をよく聞くことにある。
「組織をどう変えたいですか?」「そのためには何が必要になりますか?」と話を引き出しながら、納得してくれる提案の落としどころを探っていく。
「薄々そう感じていたけれど、やっぱりそうだよな。それくらい大胆にやらないと国際競争には勝てないよな」とクライアントに自ら気づいて納得してもらう。
コンサルタントに説得されて、しぶしぶ取り組んだ経営改革が成功した試しはない。自分たちが納得して推し進める改革しか成功しないのである。
説得したければ、質問を!
(出典)「『いい質問』が人を動かす」谷原誠
(中略)人は他人から命令されたことに従いたくありませんが、自分で思いついたことには喜んで従います。したがって、人を説得するときは、説得していることを悟られないようにしましょう。大原則です。そして、自分から思いついて決断するようにし向けるのです。そのためには質問することです。(中略)
人は、他人から押しつけられることは嫌いですが、自分で決めたことには従順に従います。意見を押しつけず、相手が動きたくなるような質問をしましょう。
同じように、人をその気にさせるには、議論で相手に勝ってはいけません。議論で勝っても相手の感情は動きません。感情が動かない限り、人はその気にならないのです。その意味でも、まずは相手の感情を動かす質問をする必要があるのです。
交渉を成功させるためには、(中略)こちらの解決策を相手に提案させることが重要だ(以下略)
(出典)「逆転交渉術」クリス・ヴォス
説得していることを少しも悟られないようにしつつ、相手が自ら思いついて決断するようにし向ける。そのために質問する。これは説得における鉄則です。
今回のまとめ
◆相手を説得したければ相手が自ら思いついて決断したようにし向けろ。
◆とにかく相手の納得感が大事。
◆そのためには具体的な事実・状況についての認識を問いかけて、相手がその気になるように考えさせろ。
おすすめ図書
本書は、弁護士である著者が人を動かすために実際に使っている質問術をまとめた本です。すでにこの手の本(例えば「影響力の武器」とか「人を動かす」など)を何冊も読んでいる人にとっては物足りない内容かもしれませんが、本書はなんといっても記述が分かりやすいし具体例なども豊富です。その割に本のボリュームはそこそこなので簡単に読むことができます。説得や交渉に関する入門書としてお勧めします。特に説得を「質問」という切り口で学ぶ場合の最初の1冊としてお勧めしたい本です。
ちなみに、本書で紹介されていた「弁護のゴールデンルール」(キース・エヴァンス)のことは本書で初めて知りました。同書は、もしかしたら弁護士の間では有名な本なのかもしれませんが、私は本書で知るまで存在すら知りませんでした。この本を教えてもらえただけでも本書を読んだ甲斐がありました。
著者の堀氏はコンサルタントとして有名でドリームインキュベータを起業した方でもあります。今回の記事本文で紹介した「『説得』するのではなく『納得』してもらう」という考え方は、先ほど紹介した弁護士の谷原氏の本でも一貫している大事なポイントです。著者の堀氏や弁護士の谷原氏のように外部の専門家としてクライアントに接している人は、常にこの観点を忘れてはなりません。弁護士・会計士・著名コンサルタントなどの専門家はとかくクライアントから「先生」などと呼ばれることも多く、経験を重ねるごとに自分の意見をクライアントに押し付けることについつい鈍感になってしまうものです。本書はそんな人を初心に戻らせてくれる本でもあります。もちろん「話し方」の教科書としてもお勧めします。社会人になりたての人にもベテランの人にもお勧めしたい本です。
相手をその気にさせるためにはこちらがどれほど真剣に考え抜いたのかも大事です。自分が心底納得していないと修羅場で相手を説得することなどできません。