今回は「『失敗の本質』から学ぶ」の第2回目で「戦略と作戦目的に明確にした上で、その点の認識合わせを関係者間で徹底的にしておけ」という話しをします。
前回(第74回)から「『失敗の本質』から学ぶ」というテーマで連載しており、私が「失敗の本質」を読んで肝に銘じていること(8つ)を順にご紹介しています。今回は1番目「戦略と作戦目的に明確にした上で、その点の認識合わせを関係者間で徹底的にしておけ」についてお話しします。
今回お伝えしたいことを最初に要約すると…
今回お伝えしたいことを最初に要約すると、「何事をするにせよ、始める前に戦略と作戦目的に明確にした上で、その点の認識合わせを関係者間で徹底的にしておけ」ということです。図解すると次のとおりです。
「なーんだ、それだけ?」という感想を持つかもしれませんが、これが徹底されずに失敗したのが日本軍なのです。「失敗の本質」には具体例がたくさん紹介されています。そのいくつかを紹介させてください。
「失敗の本質」ではどのような指摘がされているのか?
戦略と作戦目的の明確化
「失敗の本質」のなかで再三にわたって強調されている日本軍の失敗要因は、戦略の欠如と作戦目的のあいまいさです。この点は「失敗の本質」で取り上げられている6つの作戦いずれにおいても共通しています。「失敗の本質」では次のように要約しています。
あいまいな戦略目的
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他
いかなる軍事上の作戦においても、そこには明確な戦略ないし作戦目的が存在しなければならない。目的のあいまいな作戦は、必ず失敗する。それは軍隊という大規模組織 を明確な方向性を欠いたまま指揮し、行動させることになるからである。本来、明確な 統一的目的なくして作戦はないはずである。ところが、日本軍では、こうしたありうべからざることがしばしば起こった。(中略)
作戦目的が明確でないことは、一瞬の間に重大な判断ミスを誘う。もともと、目的の単一化とそれに対する兵力の集中は作戦の基本であり、反対に目的が複数あり、そのため兵力が分散されるような状況はそれ自体で敗戦の条件になる。目的と手段とは正しく適合していなければならない。「目的はパリ、目標はフランス軍」といわれるのは、この関係を表わすものである。
日本軍の失敗要因としては「精神論を重んじる」とか「現地に丸投げする」なども挙げられますが、これらは突き詰めると戦略や作戦目的があいまいだったことと関係しています。なぜこの作戦をするのか(Why)、何を目標としているのか(What)、の2点を明確にしておけという教訓は何よりも重要でしょう。
ちなみに、この点に関連してとても参考になる説明があります。湾岸戦争でロジスティックの総指揮をとった米軍陸軍中将・パゴニス氏の次の言葉です。
ビジョンが「勝とう」というものであるときに、ゴール(Goal)は「相手オフェンスをつぶせ」「特別チームはもっと得点を挙げよ」「クォーターバックを守れ」といったものになるだろう。これならゴールは明快だ。長い時間が経過しないかぎり、あまり変化しない。これでチームは、ビジョンを行動で示すにはどうしたらよいかがわかるようになる。何に力を入れ、何を気にしなくてもよいかがわかるのだ。そうすることによって、優秀な選手に細かな指示を与えなくてもすむ。
(出典)「山・動く」W.G.パゴニス(注)なお、原書では、Goalは「目標」、Objective は「目的」と訳されているが、分かりやすいようにハットさんが改変した。
(中略)ビジョンとゴールはトップが、目標物(Objective)は現場の管理者が設定するのだ。
目標物(Objective)は具体的で定量化可能であり、実際に定量化され、スケジュールに組み込まれることが多い。また、頻繁に変わるものだ。(中略)フットボールでは、「ラン攻撃では平均3.5ヤード、ゲインする」といったものになる。(以下略)
目標(What)について、ゴール(Goal)と定量的な目標物(Objective)の2つに区分するという考え方はとても参考になります。
いずれにしても何かのプロジェクトを行う際には、なぜそれをするのかという目的(Why)と、何を目標としているのか(What)、の2点について明確にしておくべきです。
関係者間で徹底的に認識を合わせておくことの重要性
戦略と作戦目的の明確化、すなわち目的(Why)と目標(What)の2点を明確にしたら、次に留意すべきは、この認識を各関係者で徹底的に共有しておくことです。少しでも目線がズレていると失敗確率が高まります。
この点に関して「失敗の本質」の中では、「ミッドウェー作戦」や「レイテ海戦」を例に挙げて次のように指摘しています。少し長い引用になりますが3つご紹介します。
ところが(中略)作戦の目的と構想を、山本は第一機動部隊の南雲に十分に理解・認識させる努力をしなかった。(中略)南雲に対してのみならず、軍令部に対しても、連合艦隊の幕僚陣に対してすらも、十分な理解・認識に至らしめる努力はなされなかった。(中略)
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他(注)ハットさんが一部太字にした。
一方ニミッツは、場合によってはミッドウェーの一時的占領を日本軍に許すようなことがあっても、米機動部隊(空母)の保全のほうがより重要であると考えていた。そして、「空母以外のものに攻撃を繰り返すな」と繰り返し注意していたのである。ニミッツは、 ハワイでスプルーアンスと住居をともにするなど日常生活のレベルにおいても、部下との価値や情報、作戦構想の共有に努めていたといわれる。これに比べると、山本と南雲の間では、そのような価値・情報・作戦構想の共有に関し、特別な配慮や努力が払われた形跡はなかった。(以下略)
ここで問題にしているのは、両者のいずれの見解が軍事戦略上、適切であったかではない。より根本的問題として、作戦の立案者と遂行者の間に戦略目的について重大な認識の不一致があるという点である。とくにきわめて多様な戦略的対応を求められる統合作戦の場合には、この不一致のもたらす結果は決定的であるといわねばならない。 栗田長官による謎のレイテ反転の遠因あるいは真因はすでにここに存在していたのである。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他(注)ハットさんが一部太字にした。
(中略)このような作戦目的とその準備、実施にかかわる関係諸階層間の意思疎通の不徹底さは、ミッドウェー海戦で勇猛ぶりをうたわれたスプルーアンス少将が、空母「エンタープライズ」の甲板上で、いつも参謀と散歩をしながら、長時間にわたって議論を重ね、相互の信頼関係を高め、作戦計画についての検討を進めると同時に、価値観の統一を図ったというエピソードと比べるといっそうきわだったものに見える。
(出典)「失敗の本質」野中郁次郎他(注)ハットさんが一部太字にした。
結局のところ、そもそも作戦目的が明確でなかったうえに、作戦の立案者と遂行者の間で十分な意思疎通が行われていなかったということです。これでは関係者の間で目線など一致するはずもありません。
ちなみに、これに関連して元プロ野球監督だった野村克也氏は著書の中で次のように書いています。野村監督はさすがです。
「だろう」は敵と思え。
(出典)「人生に打ち勝つ野村のボヤキ」野村克也
上司として、監督として、最悪なのは「だろう」で人を動かそうとすること。「わかっているだろう」と思っても確認、念押しをする。わかっていても、いざというときに動けないのが人間。だから確認、念押しをして確実に動かす。
「だろう」は敵だ。
仕事では、確認だけは怠ってはいけない。
だから、人の上に立つ人間は、「あうんの呼吸」など信じてはならないのだ。
具体的なテーマを与え、どんな細かいことでも念を押して伝える。「こんなことは言わなくてもわかっているだろう」では、大事な局面で、いい結果を生むことはできない。
(出典)「人生で最も大切な101のこと」野村克也
私の経験で言えば、事前に念には念を押して確認しても、相手はこちらの意図を完全に理解していないことも多いし、仮に理解はしていてくれても、実行段階で意図どおりにやり切ってくれないことも多いです。それでも、とにかく作戦目的の認識合わせを徹底する努力を惜しまないことが大切です。
今回のまとめ
◆何事をするにせよ、始める前に戦略と作戦目的に明確にした上で、その点の認識合わせを関係者間で徹底的にしておくこと
おすすめ図書
「山・動く: 湾岸戦争に学ぶ経営戦略」(W.G. パゴニス)
著者は米陸軍中将で湾岸戦争の際にロジスティックの総指揮をとった人です。著者が軍人ということもあり軍隊での考え方を中心に説明をしているため、それだけで拒絶反応を抱き、読むのを躊躇する人もいるかもしれません。また、ロジスティックの重要性は認めるにしても、別にロジスティックの専門家になるわけでもないからそれほど関心がないという人もいるかもしれません。しかし、本書は組織の運営の仕方などでも大変参考になることが書かれており、ビジネスに従事している人でも教えられる点が多々あります。その一例を紹介すると次のような感じです。
◆これに劣らず重要なのが、分散して実施することだ。よく言われることだが、自分の回り五フィート 四方(約二・二五平方メートル)のことは誰もが専門家だという。私もそうだと思う。その専門知識を利用するために、組織はできるだけ多くの権限を委譲しなければならない。人々はビジョンと計画を与えられ、訓練を受け、その上で自由にしてもらえる必要がある。任務に特有の計画は、組織のいずれの段階においても立てられなければならない(トップだけの問題ではないのだ)。
◆私は目標(Goal)と目的(Objective)をはっきり区別する。目標(Goal)とはビジョンと計画のレベルで効果をもたらすもので、トップから下りてくるべきものであり、定量化されるべきものではない(「一九九二年一月以降、サウジ アラビアに米国のプレゼンスを一切残さない」)。目的(Objective)とは、具体的でときには定量化可能な手段を集めたもので、目標(Goal)を達成するために通るべき道筋である(「これだけの弾薬をこの日までに搬出する。 これだけの人員を帰国させる。残りは次のような方法でこの日までに搬出する」)。目的(Objective)は明確に決められ、よく調整された組織のあらゆるレベルに見合うものである。
◆情報を伝達せよ
(出典)「山・動く: 湾岸戦争に学ぶ経営戦略」W.G. パゴニス
中央集中と分散という正反対の流れが生じるのはなぜか。分散された実施が霧散してしまうのを防いでいるのは何か。その答えが情報の伝達である。
本書では、巻末の監修者(佐々淳行氏)あとがきを読むだけでも価値があります。古い本であり、また古本屋さんでも最近はあまり見かけないため、若干入手困難かもしれません。それでも縁あってもしお見かけしたらぜひ読みいただきたい本です。
戦略と作戦目的を明確にして、関係者で共有しておくこと。大事ですよね。