スピーチやプレゼンに向けた構想を練る場合に大切なのはストーリーの作成
社会人になると学生の頃とは比較にならないくらい人前でのスピーチやプレゼンの機会が多くなります。そのため、スピーチやプレゼンに向けて構想を練る機会も増えます。今回の記事では、スピーチやプレゼンに向けた構想を練る場合に大切なストーリー作成について説明します。
ストーリー作成時に考慮すべき6つの要素
私がスピーチやプレゼンの構想を練るときに必ず参考にする本があります。それは「アイデアの力」(チップ・ハース+ダン・ハース(著))という本(➡ 第20回目の記事(分かりやすい説明のための心構え)の「おすすめ図書」として紹介した本)です。本書は、記憶に焼きつくアイデアを組み立てるためにはどうすればいいのかを次の6つの要素に分けて教えてくれます。
この6つの要素はアイデアを記憶に焼きつかせるだけでなく、スピーチ・プレゼン・報告書の構想を練るときにも大いに役に立ちます。スピーチでもプレゼンでも相手に何かを伝えようとする場合、相手の興味を引きつけて退屈させないようにしなければなりません。そのためには、ストーリーで語ることがとても重要ですが、そのストーリー作成の上で考慮すべき要素が上記6つなのです。この6要素を意識するだけでストーリーの出来が格段によくなります。ちなみに6つの要素のうち最低でも①ストーリー性、②事実(具体的である)、③意外性がある、の3つが揃っていればそれなりに相手を飽きさせないで話しが続けられます。いきなり6つの要素すべてを揃えたストーリーを考えるのは大変なので、まずは①から③の3つの要素を意識するといいでしょう。
それでは以下で順にご説明します。
ストーリー性(テーマに沿った首尾一貫した流れ)
スピーチでもプレゼンでも報告書でも相手に何かを伝えようとする場合、ストーリーで語ること、すなわちストーリー性がとても重要です。ここで注意して欲しいのは、ストーリー性とは、小説家が書くような面白い物語を指しているわけではないということです。ストーリー性とは、「大きな流れで語る」とか「文脈で語る」と言い換えてもいいもので、核となるコンセプトに基づき首尾一貫した流れに沿って語るというイメージです。
これだけだとイメージがわかないでしょうから、料理に例えて説明します。「ストーリー性をもって語る」とは、料理に例えるとコース料理のイメージです。コース料理というのは単においしい単品料理を複数組み合わせただけの料理の集まりではなく、あるコンセプト、例えば「旬の自然を味わうこと」とか「夏らしさを満喫すること」のように核となるコンセプトなりテーマがあり、そのコンセプトに沿って前菜からデザートに至るまで首尾一貫した流れで構成されます。デザートなども単品でみるとどんなにおいしくても、このコース料理の流れの中ではそぐわないということがあり得ます。ストーリー性をもって語るうえでは、自分がどんなコース料理を提供しようとしているのかということと同じ様な発想で考えることが大事です。
ところで、最近の傾向としてプレゼン本番の投影資料をパワーポイント(以下「パワポ」という)で作成することが多いのですが、ストーリー性をもって語るということに関していうとパワポで資料を作成するときに注意すべきことがあります。
パワポだとスライドを一枚一枚作成し、最後にそれを合算するという作業になりがちです。コース料理の例えでいうと、テーマがあいまいな状態で1つ1つの料理だけを先に作って最後にそれらをただ合算するだけのコース料理になってしまう傾向があるということです。核となる明確なテーマの下でコース料理がどのように構成されるのかを事前に考えて1つ1つの料理を作っていくのならいいのですが、ついついその点を疎かにして作業をスタートさせてしまう傾向があると感じています。パワポでプレゼン資料や報告書を作成する際にはこの点は要注意です。そのためには、パワポで一枚一枚のスライドを作成する前に全体像の構想を練ることをお勧めします。ちなみに、私はパワポ作業の前にワードで全体の目次などを作成するなどして全体を流れるストーリーを明確にしてからパワポの作業に移るようにしています。
事実に語らせること(具体的であること)
相手に何かを伝えようとする場合、避けなければならないことが2つあります。
①相手を退屈させること
②相手に拒絶反応を抱かせること
逆に上記2つを満たすような伝え方をするのは簡単です。例えば、抽象論や一般論だけを延々と語れば、相手は飽き飽きして早くこの話しが終わらないかなと感じます。また、一方的な意見を具体的な根拠などもない状態で押し付けるように語られると、納得感がないどころか拒絶反応すら抱きます。そうならないようにするためには、事実に語らせること、言い換えれば、具体的でありありとしたリアルな様子を語ることが大事です。
このことをイメージしてもらうために、簡単な例で説明させてください。
例えば、結婚式の主賓スピーチ。いくら主賓が「新郎はじつに優秀な若者で将来を期待されています」などと抽象的なスピーチをしたところで聴衆には響きません。それよりも新郎の会社での具体的な様子をありありと伝えた方がいいのです。リアルであればあるほど聴衆は興味を持って聞いてくれるし、その結果『新郎は仕事で普段からすごく活躍しているようだ』と感じてくれます。
もう一つ別の例でも説明させてください。私は会計士として今まで何度となく監査先の経営者に対して厳しい改善勧告を伝える場面がありました。その時のコツは、こちらからいきなり「これこれについて改善して欲しい」と伝えるのではなく、まずは具体的にダメな状態をありありと伝えることです。例えば、不良在庫について評価減(→帳簿価額を切り下げること)を勧告する場合でも、この在庫がいかに売れていないか、いかにマーケットの動向から外れているか、などの実態を具体的にありありとした様子で語ります。そうすると私の説明を聞いた経営者の方から逆に「この在庫は評価減すべきだな」と私が勧告したかった内容を自分に言い聞かせるように呟いてくれる可能性が高くなります。そういう展開になれば私からは「社長、まさにそのとおりなんですよ」と言うだけで済み、厳しい改善勧告の議論の場がスムーズに進むことになります。第27回目の記事(問題解決に向けた議論の前にまず行うべきこと(関係者の目線(認識)合わせ))で議論の前に目線合わせをすることの重要性について説明しましたが、目線合わせをするときでも具体的な事例をもとに語ることは必須です。
いずれにしても、相手に何かを伝えたかったら具体的な事例をもって語ることがとても重要です。
この項の最後に一つご紹介したいことがあります。具体的に語るということに関してとても参考になることが本多勝一氏の「日本語の作文技術」という本の中に書かれていました。示唆に富む内容で、私はスピーチやプレゼンの構想を練る際にもいつも思い出すことにしています。少し長い引用になって恐縮ですが、ぜひお読みください。
自分が笑ってはいけない
(中略)
ずっとのちに都会へ出て実演を見たとき驚いたのは、落語家たちの間の実力の差だ(中略)。
全く同じ出し物を演じながら、何がこのように大きな差をつけるのだろうか。もちろん一言でいえばそれは演技力にちがいないが、具体的にはどういうことなのか。
落語の場合、それは「おかしい」場面、つまり聴き手が笑う場面であればあるほど、落語家は真剣に、まじめ顔で演ずるということだ。観客が笑いころげるような舞台では、落語家は表情のどんな微細な部分においても、絶対に笑ってはならない。眼じりひとつ、口もとひとつの動きにも「笑い」に通じるものがあってはならない。逆に全表情をクソまじめに、それも「まじめ」を感じさせないほど自然なまじめさで、つまり「まじめに、まじめを」演じなければならない。この一点を比較するだけでも、落語家の実力の差ははっきりわかる。名人は毛ほどの笑いをも見せないのに反し、二流の落語家は表情のどこかに笑いが残っている。チャプリンはおかしな動作をクソまじめにやるからこそおかしい。落語家自身の演技に笑いがはいる度合いと反比例して製客は笑わなくなっていく。
全く同じことが文章についてもいえるのだ。おもしろいと読者が思うのは、描かれている内谷自体がおもしろいときであって、書く人がいかにおもしろく思っているかを知っておもしろがるのではない。美しい風景を描いて、読者もまた美しいと思うためには、筆者がいくら「美しい」と感嘆しても何もならない。美しい風景自体は決して「美しい」とは叫んでいないのだ。その風景を筆者が美しいと感じた素材そのものを、読者もまた追体験できるように再現するのでなければならない。野間宏氏は、このあたりのことを次のように説明している。文章というものは、このように自分の言葉をもって対象にせまり、対象をとらえるのであるが、それが出来あがったときには、むしろ文章の方は消え、対象の方がそこにはっきりと浮かび上がってくるというようにならなければいけないのである。対象の特徴そのものが、その特徴のふくんでいる力によって迫ってくるようになれば、そのとき、その文章はすぐれた文章といえるのである。(『文章入門』)
(出典)「日本語の作文技術」本多勝一
(中略)
冒頭の説明といい、このヤマ場の描写といい、おかしいことを、きまじめに、べらぼうに正確に、素材として出している。こうなると落語家の名人級だ。筆者自身は全く笑いを見せない。
読者を怒らせたいとき、泣かせたいとき、感動させたいときも「笑い」と同様である。筆者自身のペンが怒ってはならず、泣いてはならず、感動してはならない。(舞台で役者が泣くときは、泣くこと自体が素材となる場合であって、ここでいう意味とは情況が異なる)
意外性があること
先ほど人に何かを伝える際には相手に退屈をさせてはいけないと書きました。相手に退屈させないためには、興味を持つように仕向ければいいわけですが、その一つの方法として話しの中に意外性のある内容を盛り込むことです。人はたいていの場合、自分の知らない意外な話しを聞くと「へー」と思わず知らず口にします。相手に「へー、知らなかった」と思わせるように伝え方を工夫すべきです。さらに言えば、単に意外なだけでなく、驚きを与えたり、知的好奇心を満たして、相手の興味をかきたてるようにできればより成功と言えます。
ちなみに、意外性のある内容なんてそうそう簡単に見つかるわけないと思うかもしれません。確かに内容そのものに意外性を求めようとすると難しいのですが、内容ではなくて解釈とか考え方に意外性を求める方法もあります。つまり、「切り口」「着眼点」の斬新さで意外性を提示するという方法もあるのです。ただし、斬新な切り口を思いつくこと自体もそんなに簡単ではありません。悶々として悩んだ末に思いつくかどうかではあります。感度の良い切り口探しの苦労は第14回目の記事(分析における「全体の把握と絞り込み」)で説明しました。興味のある方はお読みください。
とにかく、ストーリーを作るうえでひとひねりをすることができれば、相手の興味をぐっと引き付けることができますので、常に求め考え続ける姿勢を忘れてはいけません。
情に訴えること
相手を飽きさせることなくストーリーを展開するためには、①ストリー性があること、②事実に語らせること(具体的であること)、③意外性があること、の3つの要素に加え、④情に訴えること、までできれば上出来です。この情に訴えるというのは、なにも相手を感動で大泣きさせるというような大げさなものではなく、共感を呼び起こす程度の感じです。イメージ的には相手に「そうそう」と頷かせるような共感を引き出せれば成功です。むしろあまりに大げさにお涙頂戴的な情に訴えるとストーリーそのものが白けてしまいますのでバランスが大事です。
信頼性があることと単純明快であること
スピーチやプレゼンに向けた構想を練る場合に大切なストーリー作成の要素として次の4つがあることを説明しました。
①ストリー性があること
②事実に語らせること(具体的であること)
③意外性があること
④情に訴えること
これら4つの要素の大前提として次の2つの要素が挙げられます。
⑤信頼性があること
⑥単純明快(シンプル)であること
いくら①から④の要素がそろった良く出来たストーリでも、そもそも信頼性を欠く内容だったり、内容が複雑すぎたりしたら、相手はなかなか受け入れてくれません。信頼性があることと単純明快であることはストーリーを作成する上で大前提となるので常に意識しておくようにしましょう。
今回のまとめ
◆相手に何かを伝えようとする場合、相手の興味を引きつけて退屈させないようにしなければならない。
◆そのためにはストーリーで語ることがとても重要
◆ストーリー作成の上で考慮すべき6つの要素は次のとおり
おすすめ図書
「プロフェッショナルは「ストーリー」で伝える」(アネット・シモンズ)
ストーリーで語るということに関しては、本文の中で紹介した「アイデアの力」(チップ・ハース+ダン・ハース)という本を真っ先にお勧めします。読み物としても純粋に面白いですし、何よりも役に立ちます。まだお読みでない方にはぜひお勧めします。ただし、「アイデアの力」はすでに第20回目の記事(分かりやすい説明のための心構え)の「おすすめ図書」として紹介していますので、ここでは別の本を紹介します。
それが「プロフェッショナルは「ストーリー」で伝える」です。この本は「アイデアの力」とはまったくテイストが異なり、ストーリーで語るということはどういうことをいうのか、例えば、話し方の心構えまで含めて全般的にわたって解説してくれます。その意味においてストーリーで語る行為を広範にわたって勉強する上では参考になりますが、若干説明が冗長で、読み通すのに少し忍耐が必要です。この本の中に「ストーリーの語り手が犯す最大の罪は、聞き手を退屈させることだ。長すぎるストーリーや、どこに向かっているのかわからないストーリーは退屈きわまる」との記述がある割には、私はこの本を読んで退屈してしまうことも多々ありました。そのため全面的にお勧めできない面もあるのですが、要所・要所で役に立つことも書いてありますので、一度くらいはサッと目を通しておくとよい本としてお勧めいたします。
スピーチをする場合でも、リアルでありありとした情景が思い浮かぶような具体的な話しをするといいですよ。