どうせ議論をするなら生産的でありたい
今回の記事では主に次の2点について説明していきます。
①生産的な議論のためには「トゥールミン・モデル」に沿って議論すること
②トゥールミン・モデルとは何か。
日常生活のいたる場面で議論をする機会があります。そんな議論が生産的に行われるものであればいいのですが、お互いに感情的になり議論というよりは口論といった方がふさわしいような状況になったり、逆に過度に対立を恐れてほとんど議論にならなかったりと、不本意な展開になることも多々あります。本来議論は、対立するためのものでも迎合するためのものでもなく、あるテーマに関するお互いの理解を深め、考えを発展させるような生産的なものでありたいものです。そうなるためには、前提として議論の当事者が一定レベル以上の議論の能力を身に着けていることが必要です。その議論の能力を高める1つの方策として私が提案するのが「反論の技術」に習熟することであり、具体的には「議論の能力を高めるための反論の技術#5」の記事を書きました。今回の記事はこの続きになります。
議論の能力を高めるためにも、生産的な議論をするためにも「トゥールミン・モデル」を理解して使いこなそうというのが今回の記事で提案したいことです。
トゥールミン・モデルとは
「トゥールミン・モデル」とは、イギリスの分析哲学者スティーブン・トゥールミンが提唱した論証モデルです。議論に関する書物では必ずと言っていいくらい紹介されている有名なモデルなのでおなじみかもしれません。
「トゥールミン・モデル」は図で理解した方が分かりやすいのですが、その図も①基本形と②詳細形、の2つのステップに分けた方がより理解しやすくなります。そこでまずは基本形からご説明します。
トゥールミン・モデルの基本形
トゥールミン・モデルの基本形は次のようになります。
論証を3つの要素で考えたのが、上記のトゥールミン・モデルの基本形です。この図は、実は「議論の能力を高めるための反論の技術#5」の記事で「相手の根拠(データ・事実)または理屈(ロジック)に対して反論する」ことを説明したときの図と実質的に同じです。「議論の能力を高めるための反論の技術#5」の記事で説明した「反論の技術」は、トゥールミン・モデルでいうところの「事実(Data)」または「理由付け(Warrant)」に対する反論のことに他ならないのです。
ところで、トゥールミン・モデル基本形の3つの要素、「事実(Data)」「理由付け(Warrant)」「主張(Claim)」のうち、「事実(Data)」と「主張(Claim)」については文字どおりの理解で構いませんのでここでの説明は不要と考えますが、「理由付け(Warrant)」については若干の説明が必要でしょう。次の項で「理由付け(Warrant)」について説明します。
「理由付け(Warrant)」は「事実(Data)」と「主張(Claim)」の橋渡し役
そもそも議論において「理由付け(Warrant)」はどのような役割を果たしているのでしょうか。「理由付け(Warrant)」は、「事実(Data)」と「主張(Claim)」とをつなぐ橋渡しの役目をしています。言い換えると、「事実(Data)」のみでは「主張(Claim)」を導き出すことはできないのです。
これを簡単な説明で確認してみましょう。次の図を見てください。
事実としてお菓子がなくなったからといって、それだけでお父さんが食べたと主張するには無理があります。でも、お父さんが食べたと主張している人の心の中には、自分なりの理由付け(Warrant)があります。例えば、①食いしん坊はすぐにお菓子を見つけて食べてしまう、②お父さんは我が家の食いしん坊だ、というような理由付け(Warrant)があるはずなのです。
このように「理由付け(Warrant)」は、「事実(Data)」と「主張(Claim)」とをつなぐ橋渡しの役目をしているのですが、言い方を変えれば、「主張(Claim)」が導き出された理由を確かめようとすれば、「事実(Data)」と「理由付け(Warrant)」のどちらの要素も確認してみないと分からないということなのです。
したがって、筋道だった議論をするためには、相手の言っている内容をトゥールミン・モデル基本形の3つの要素、「事実(Data)」「理由付け(Warrant)」「主張(Claim)」に分解して、それぞれの妥当性や関係性について確認することが必須になります。
トゥールミン・モデルの詳細形
上記でトゥールミン・モデル基本形を説明しましたが、トゥールミン・モデルは実際にはこの基本形にさらに3つの要素を追加した6要素の形でモデル化されたものです(以下「トゥールミン・モデル詳細形」と呼ぶ)。「トゥールミン・モデル詳細形」は次のとおりです。
トゥールミン・モデル詳細形を簡単な説例で考えると
トゥールミン・モデル詳細形を理解するために、引き続き先ほどの例で考えてみましょう。基本形からさらに3つの要素を追加すると次のようになります。
上記のようにトゥールミン・モデル詳細形の6つの要素で議論を整理すると、相手の主張のどの要素がおかしいのか明確になってきます。例えば、主張成立の大前提である「反証」について、今回の説例では「今日お父さんが腹痛でもない限り」というけれど、「そもそもお父さんは今日外出して家にいないよ」ということになれば、主張の大前提が間違っており、「お父さんが食べたはずだ」という主張は成立しません。
また、仮に事実や反証となる大前提に誤りがなかったとしても、「限定語」である「おそらく」という部分に関して、お父さんが今日に限っておなかを空かしていなかったのであれば主張の確からしさの程度が変わってきます。「お父さんが食べるにしてもその可能性は低いはずだ」というような主張になるかもしれません。
なお、ついでの説明になりますが、主張の確からしさの程度を考えるということは議論をする上でとても重要です。議論では、とかく「食べたか、食べかなったか」のようにイエスかノーで答えを求めるような二分法の思考をしがちです。しかしながら、そうした二分法ではなく、主張を確率の問題(程度問題)として認識し、先ほどの例でいえばお父さんが食べたとしたら「どの程度の確率でそう言えるのか」というように考えることが極めて重要です。
私は会計士という職業柄、クライアントとの間で資産価値の評価について激しい議論をする機会が多くありましたが、そのような議論では、毀損した資産の価値(価額)が回復するのかしないのかといった二分法での議論を決してしないように心がけていました。価額が回復するかしないかではなく、回復するとしたらその可能性をどの程度で見積もるのかということが重要です。イエスかノーかの単純な議論にはしてはゆめゆめなりません。議論を確率の問題(程度問題)として考えることはとても重要な論点なので、改めて別の機会に説明予定であり、今回の記事ではこれ以上触れません。ただ、トゥールミン・モデルの「限定語」に関しては、常に注意を払う必要があることをここでは強調しておきます。
今回のまとめ
議論を生産的なものにするためには、「トゥールミン・モデル」に従っていつも論点を明確に構造化しておくことが大事です。
おすすめ図書
①「議論のレッスン」(福澤一吉)
②「文章を論理で読み解くためのクリティカル・リーディング」(福澤一吉)
どちらの本も論理的に考えて議論をするためにどうすればいいのかが丁寧に分かりやすく説明されています。もちろんトゥールミン・モデルについても詳細に説明されておりますので、トゥールミン・モデルを活用した議論方法をもっと勉強したい方におすすめです。
本書は、著者が独学する上で身に着けてきた独学に関する様々な知見を披露してくれている本で、必ずしも議論やトゥールミン・モデルの説明を目的として書かれたものではありません。しかしながらトゥールミン・モデルに関していうと、本書の「第11章 情報を吟味する 技法33 主張の根拠を掘り起こす『トゥールミン・モデル』」(P440からP447)の項に、トゥールミン・モデルに関する実にわかりやすい説明があります。トゥールミン・モデルのエッセンスを確認したいという方は、この部分だけでも目を通すとよいでしょう。
なお、本書は書名に大全とあるとおり752ページからなる大著です。トゥールミン・モデルだけでなく独学に関する広範なノウハウを知るうえで重宝します。
「風が吹けば桶屋が儲かる」か「儲からない」かではなく、「儲かる」としたらどれくらいの確率なのか(限定語:主張の確からしさの程度)を議論しましょう。
ちなみに「風が吹いた」という事実だけでは「桶屋が儲かる」という主張は導けません。何かしらの理由付け(Warrant)が必要です。