今回は、怒りやイライラに対処して、いかにパフォーマンスを安定させるかという話しをします。(全6回の1回目)
現代はストレス社会と言われて久しいですが、とにかく誰でも普通に生活していれば、ちょっしたことでイラついたりむかつくことは日常茶飯事です。武道の達人や困難な修行をやり遂げた高僧でもない限り、日々を平常心で過ごすことは相当困難です。またいつの時代でも、大切な人との別離など人生では深い悲しみも避けては通れません。しかしだからといって、怒りや悲しみの都度、仕事などのパフォーマンスが著しく落ちるようであればそれはそれで問題です。もちろん本当に仕方がない場合もありますが、多くの場合、ちょっと機嫌が悪いからといって「今日は仕事する気が起きないんだよね」なんてことは許されません。
では、どう対処すればいいのかというのが今回のテーマです。これは誰にとっても悩ましいテーマであり、私も随分と悩み続けてきました。そんな中で私が身につけた方法のいくつかをご紹介します。少しでもお役に立てれば嬉しいです。
ちなみに全6回の記事で、今回はその1回目です。
怒ったら「6秒」待てと言われるが、そう簡単にできるものではない
まず最初に申し上げたいのですが、怒りや悲しみなどの感情をコントロールするなんてことは無理だということです。先日(2024年1月19日)新聞を読んでいたらこんな内容の記事が出ていました。要点だけ紹介すると次のとおりです。
◆会議で部下の発言に怒りを抑えきれなかった部長がその部下につかみかかった。
◆部下はそのことで心身を傷付けられたとして部長を訴えた。
◆部下が要求した賠償額は1億4千万円。
◆一審判決(2023年8月東京地裁)では賠償額は218万円と算定され、部長と会社に連帯して支払うように命じた。
◆一審判決については部下・部長ともに不服であり控訴により裁判は今も続いている。
ここで言いたいのは衝動的な怒りが不幸な結果を招いたことではありません。注目して欲しいのは記事の最後に書かれていた下記部分です。
そんなストレス社会に生きる管理職に欠かせないのが、自身の怒りの感情をコントロールする力だ。「アンガーマネジメント」の技術として「イラッとしたらまずは心の中で6秒数え、怒りのピークが通り過ぎるのを待つ」方法が知られている。(中略)
(出典) 揺れた天秤 ~法廷から~ 「 会議でキレた部長 「6秒」待てず部下暴行 部下からの高額請求訴訟 」 (日経新聞Web刊 2024年1月19日)(注)ハットさんが一部太字にした。
もし部長が怒りをのみ込めていれば、そもそも争いは起きていない。「6秒」待てなかったばかりに始まったトラブルは既に7年半に及んでいる。
記事で書かれているように、アンガーマネジメントでは、怒りが急に沸き起こってきたら「心の中で6秒間数える」ことを推奨しています。確かにこれができれば6秒の間に怒りはかなりトーンダウンしてくれるのですが、実際にするのは相当難しくて、そんなことが簡単にできるくらいなら誰でも苦労はしないよということを再認識して欲しいのです。「瞬間湯沸かし器」という言い方もあるように、人によって、また状況によって、衝動的・瞬間的に怒りが沸点に達し、我を忘れてしまうからです。
私も何回もこの方法を試みましたが無理でした。長い経験から得た結論は、しょせん怒りなどの感情はコントロールできないというものです。この点については下記記述から見ても、私だけ特別に意志薄弱だからというわけでもなさそうです。
(中略)怒りの感情は、あるきっかけで「すぐに発動」し、客観的な分析を待たずに「断固たる決心(思い込み)」で行動に移させる。(中略)
(出典)「自衛隊メンタル教官が教える心の疲れをとる技術」下園壮太
怒りには、瞬発力がある。 だから、これを完全に止めることはできない。(中略)そこで、怒るのは仕方がないが、怒りをできるだけ早く沈静化する方法を学ぶのだ。(以下略)
(中略)怒りはなんらかのきっかけで自動的に湧いてくるものです。バクバクいい始める心臓も、頭に上っていく血液も、冷たくなっていく手足も、私たちがコントロールできるものではありません。感情コントロールなんてできっこないのです。(以下略)
(出典)「負の感情が湧き上がったら思い出したい心の法則」武藤崇:同志社大学心理学部教授(2023/09/12 東洋経済オンライン)
結局のところ私は次のように理解しています。
感情はコントロールできないが、コントロールできるものもある
私が長年の間に色々と試みた結果、感情はコントロールできないが、一方でやろうと思えばコントロールできるものもあることが分かってきました。それが次の4つです。
①自分の考え方
②自分が使う言葉
③自分の態度
④自分の表情
心の中でどんなに怒り狂っていても、表情はポーカーフェイスで押し通すことも、言葉を乱さずに保つことも、態度を平静に装っておくことも、訓練次第ではかなり可能だと分かりました。上記の中で、考え方だけはコントロールが相当困難でそうそう簡単には出来ません。しかしそれでも少なくとも3つは何とかなるし、考え方も状況によっては何とかなることが経験的に分かりました。そうであるならば、対策がないわけではありません。
まとめると次のようになります。
考え方・言葉・表情・態度をコントロールしやすい状態を生み出すための方法論
上述したとおり、感情についてはいくら訓練してもコントロール不能と認識した方がいいのですが、一方、考え方・言葉・態度・表情は訓練次第でコントロール可能なこと、またそれが可能になればどんなに怒っていても、どんなに悲しんでいても、少なくとも外見面や行動面では感情と異なる選択肢を自分で選択できるようになるということです。
ただ問題は、具体的にどうすれば考え方・言葉・態度・表情をコントロールできるようになるかということでした。そこで考えたのが、考え方・言葉・表情・態度をコントロールしやすい状態を生み出すことです。その方法論の全体像を示すと次のようになります。
次回から5回にわたり、いくつかの方法の説明をします
全体像を見ただけでは何のことやら具体的にイメージできないものもあると思われます。そのため、次回(64回)から5回に分けて次の5つの方法について補足説明をします。
①感情に蓋をする(思考を停止)➡ 第64回目の記事
②流れに身を任せる(静かに過ごす)➡ 第65回目の記事
③呼吸法(瞑想)➡ 第66回目の記事
④日記を書く(一日を見つめ直す)➡ 第67回目の記事
⑤フレーズを読む(本を読む)➡ 第68回目の記事
今回の記事はここまでで終了です。
今回のまとめ
◆人間誰でも日々感情に左右されて生きている。
◆だからと言って仕事のパフォーマンスまで感情に左右されることは避けたい。
◆とはいえ感情は基本的にコントロール不能だ。
◆でも自分の「考え方・言葉・態度・表情」ならコントロールできる。
◆そうならば、パフォーマンスを安定させるためには「考え方・言葉・態度・表情」をコントロールできるように訓練すればいい。
◆その方法論の全体像が次のとおり。
上記★印の方法につき次回から順次5回にわたって詳細をご紹介します。
おすすめ図書
「いやな気分よ、さようなら コンパクト版」(デビッド・D.バーンズ)
本書は気分をコントロールするための認知療法の本で、出版社の宣伝によれば原著の英語版は全米で300万部以上売れた大ベストセラーです。「独学大全」の著者である読書猿さんがネット記事で「落ち込んだ時などに一生使える本」として推薦していたこともあり、私も読みました。本の宣伝文句には「自分で『うつ病』を克服していくための優れたトレーニングブック」とありましたが、『うつ病』かどうかはともかく、確かに嫌な感情に陥っているときに読むと効き目があります。とはいえ、とても厚い本なので、全編を読み通すとなると時間がかかります。そのため、自分が気になった章から読み始めるというのも一法と思われます。ちなみに私は「第6章 言葉の柔道 批判を言い返すことを学ぶ」と「第7章 あなたの怒り指数はいくつか:怒りのコントロール法」を愛読しています。とくに第6章だけでも先に読んでみることをお勧めします。
なお、同じ著者による「人間関係の悩み さようなら」という本もお勧めですが、こちらは今回の記事のテーマであるマイナスの感情にどのように対処するのかというテーマからは離れますので、ここでの具体的な紹介は省略します。
宮本武蔵の五輪書については様々な出版社からいろいろな人が解説本を出版しています。解説者の立場や専門によって強調しているポイントも変わり、どれが一番お勧めということもないのですが、心の持ち方という観点で言えば、鎌田茂雄氏全訳注の本書はかなりお勧めです。沢庵の「不動智神妙録」や柳生宗矩の「活人剣」などの説明もあり、平常心や平常身がいかに重要かを教えてもらえます。言っていることにはとても納得感があります。ただ、現実に活用するためには、どのようにしたら感情をコントロールして平常心になれるのかという具体的な方法論が重要ですが、その点までは明確に教えてくれません。そのため本書を読んだからといって、直ちに平常心を実践できるわけではありません。
もちろん命のやり取りを通して追い求めた武芸者の極意は示唆に富むものであり、特に負の感情で悩んでいるときには考えさせられます。ぜひ一読をお勧めします。
【2024年6月11日追記】
「五輪書」については第93回目の記事(宮本武蔵「五輪書」は有事で生き延びるうえでの心の持ちようを教えてくれる)でテーマとして取り上げました。興味があればこちらもご覧ください。
次回以降では具体的なやり方についてご紹介しますね。